06/13の日記

12:26
鉢竹
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ぱちんぱちんと音が鳴る室内で、その音を立てている人物をなんとなしに見ていた尾浜が尋ねた。

「最近さぁ、よく爪切ってるよね三郎。そんな頻繁にやらなくてもいいんじゃない?」
「深爪も菌が入りやすくて余り勧められるものでもないしな」

尾浜に続き兵助も三郎が爪を切る姿を見ながらそう助言する。
ぱちんぱちんとしていた音が止まり、三郎が尾浜達の方を見た。
それに本を読んでいた雷蔵が顔を上げ、何やら本から模写をしていた竹谷がそちらを向いた。

「変装は繊細な作業なんだよ、勘右衛門、兵助」

細かい作業は長い爪では向かないし、狂いなく調節するためにも慣れた整えられた爪でやるのが一番だと話す三郎になるほどと尾浜と兵助は納得する。
そんな彼らの会話に、そう言われれば三郎が爪を切る頻度が上がったなと竹谷は思い返してみる。
確かに細かい部品を扱い、人と似せるために調整を行う事を常とする変装は長い爪では向かないのかもしれないと竹谷は頷いた。

そんな竹谷に背中を向けていた三郎が振り向いて意味深げに目を細めた。
瞬きをしてなんだと見つめ返せば、二本の指を上に向けてぐるりと丸を書く。
首を傾げた竹谷の斜め左に座っていた雷蔵から、はぁ、と呆れたように溜め息が吐かれた。
その疑問を口にする前に、三郎が素早く言葉を続ける。

「傷を付けたくないしな」

三郎の言葉に、尾浜と兵助が、変装道具自体が繊細だからなと言っているのに対して、竹谷は顔を赤くして俯いた。
先程の三郎の指の動きは竹の方を見たことで尾浜たちには見えておらず、その真意が伝わらなかったらしい。
しかし竹谷にはその意味が分かった。
何故、雷蔵が溜め息をついたのかも理解した。

あの指の動きは丸を書いたのではなかったのだ。
掻き混ぜるようにぐるりと円を書いたのだ。
竹谷の、体を解きほぐす時の三郎の手がする動きと全く同じだった事に気がつけば、その時の感じを思い出してしまう。

真っ赤になって俯いた竹谷をにやりと笑う三郎に、そのどちらの表情も見えている雷蔵は白けた様に一瞬遠くを見て視線を本へと戻した。
爪を切り終えた三郎が腰を上げ、竹谷の前に立つと屈みこんでその耳へと囁く。

「ハチの爪は当分切らなくてもいいぞ」
「っ!!」

短く切られた手を取られ爪先をなぞりながらぼそりと言われた言葉に顔を上げて三郎を見れば、楽しそうに笑う目と視線があった。
緩く笑みを描く口元が殊更楽しそうに動く。

「お前に傷を付けられるのは嫌いじゃない」

竹谷だけに聞こえる音量で囁かれてまた一気に顔を赤く染めた竹谷は、勘弁してくれと三郎の肩に頭を乗せた。
ふっ、と零れる笑みを耳元で拾って、嬉しそうに笑う気配に呆れたように溜め息を零しながらも、釣られるように竹谷の口元は笑みを描いた。



end

い組にはまだ内緒にしている鉢竹。
勘ちゃんはなんとなーく分かってそうですけどね!
雷蔵さんはもう慣れているというか、達観の域に達していると思われます!

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