綾タカ

□気付かないで
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視線を感じて後ろを向くと、タカ丸さんがこちらを見ていた。
振り向いた私に、タカ丸さんはにっこりと笑顔で手を振ってから、行ってしまった。

私は穴掘りを再開する。



ねえ、タカ丸さん。
貴方は不思議な人です。
私の世界を変えました。


私が知る限り、あの人程毎日笑顔でいる人はいない。
私は人付き合いがいい方でないし、愛想も良くない。
そんな私にタカ丸さんは常に笑顔で接してくれた。
表情が変わらなくても、話を聞いていなくても、タカ丸さんは笑顔で話し掛けてくる。
とても楽しそうに。


私は不思議て仕方がなかった。
表情がくるくると変わり、まるで私とは正反対のあの人。

感情が強く顔に出やすい人は、滝夜叉丸や三木ヱ門など私の周りにもいたが、それとはどこか異なる気がした。
そんな疑問は、私の関心となり心を占める。

穴掘り以外にこんなに何かに関心を持つことは初めてで、私は戸惑う。
それと同時にもっと深く、深く、貴方を知りたいと願う。



ざくっと掘り、私は動きを止めた。
深さはこれくらいでいいだろう。
そうして穴を見上げると、見えたのは少し傾いた太陽。
まだまだ照らすんだと耀くそれに、私はあの人を重ねた。

穴から出て、今度は隠す作業に入る。



全ての感情が顔に出てしまうあの人は、正直忍者には向いてないと思うが、その笑顔は見た人を素直にさせる。
真っ直ぐに人に向き合うあの人に、人は心を開く。
私もその一人だ。

貴方の笑顔がとても好きです。
何時もの笑顔で私の傍にずっといてほしい。


でも貴方は私の想いを知ったら、困った顔をするでしょう。
きっと離れたりはしないけど、いつもの笑顔は見せてくれないでしょう。
私はそれが怖い。


私は感情を隠すのが得意だから、他人にこの感情を感付かれない自身はある。
けど、貴方は元髪結いの性か、思いのほか人の気持ちに敏感だ。

蜜色の目が私を移す度、微かに体に緊張が走る。
見抜かれていやしないかと。



気付かないでください。



好きなんです
貴方が
貴方の全てが欲しい

気付かないでください



今の関係が壊れてしまうなら、ずっとこのままでいい。

矛盾を含んだこの感情を、貴方にぶつけてしまいそうで私は怖い。
まだまだ未熟何だと思い知らされる自分の感情。
貴方にはそんな事はないのでしょう。




仕上げにと乾いた土を掛けて、落とし穴が完成した。
辺りは橙色に染まっている。
今日はこれくらいにしとこうと立ち上がると、後ろから私を呼ぶ声がする。

顔を上げなくても分かる、タカ丸さんだ。

タカ丸さんは手を振って、何時もの笑顔で私の元へと駆けてくる。
あ。
と言った時には遅く、私が先程作り上げた落とし穴へとタカ丸さんは落ちた。

貴方は本当に興味深いです。

タカ丸さん




end

→あとがき

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