孫富

□のーもあ
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前を走る作兵衛を捉えたのは人気のない廊下。
捕まえた手首を引いて、作兵衛を自分の方に向かせた孫兵は素直に謝った。

「ごめん」

流れ落ちる涙を袖で擦りながら睨んでくる作兵衛に、孫兵は再度口を開く。

「泣かせるつもりじゃなかったんだ」

「俺だって泣くつもりじゃなかったよ」

ぼそりと呟いた作兵衛は大きく息を吐く。

「ったく!ちょっと礼を言うぐらい普通にできねぇのかよお前は!」

「でもお礼は言ったからな」

偉そうにそう告げる孫兵に、作兵衛はじっと睨むが先程の鋭さはない。
どちらかというと、呆れているようだ。

「ああもう!!今回だけだかんな!今回は俺が折れてやるよ!!」

しょうがねぇなー、大人だな俺と続ける作兵衛。
それに孫兵が首を傾げる。

「大人?人前で泣き出した富松が?」

そう嘲るように笑った孫兵に、作兵衛は再び沸々と怒りが湧いてくるのを感じた。

「お前って、本っっっ当に素直じゃねぇな!!」

「富松よりは素直なつもりだけど」

「減らず口も相変わらずだし!!」

虫達と俺とじゃ扱いが全然違うなと言って不貞腐れた作兵衛はふと疑問に思った事を口にする。

「なあ、伊賀崎って俺のどこが好きなの?」

その言葉に少し考えるて、孫兵は少し下にある作兵衛の顔に近付いた。
今だ涙の跡が残る頬に手を当てると、不思議そうに自分を見ている作兵衛の視線と合わせる。

「敢えて言うなら、怒った顔と泣き顔が好きだな」

意外な言葉に少し呆けた作兵衛は、その後ん?と首を捻った。
何か普通好きになるって、笑顔が好きとかそんなんじゃないかと考えて、孫兵に揄われているんじゃないかという結論に達する。

「…お前、本当は俺のこと嫌いだろ」

「何でそうなるんだよ!!」

信じてない作兵衛にしかたないなーと呟き、孫兵は今まで胸中でしか思っていなかった事を口にする。

「動物や虫達は怒ったり余りしないだろ。泣くなんて特にだ!だから、そう、ころころと表情が変わって分かりやすい作兵衛が好きなんだよ」

「あ、っそう」

自分から望んだ事なのに、言われ慣れていない好きという言葉に作兵衛は顔を赤くする。
それを見てにやにやと笑う孫兵が憎たらしくて口を尖らせる。

「変わった奴」

そう発せられた声に棘はなく、寧ろどこか嬉しそうな響きがある。
それに孫兵がははっと笑うと作兵衛が睨んでくるので、その頭に手を置いた。

「よかったな、僕に拾ってもらえて。作兵衛の天邪鬼っぷりだと貰い手いなかったんじゃないか」

「お前って、本当に一言余計だな!」

そう?と素知らぬ顔をして歩き出す孫兵に、あとを追って行く作兵衛はその背中を軽く度付いた。

「俺だって頑張れば見染められるんだかんな!?」

「へぇー」

「てめっ!信じてねーだろ!!愛嬌あるって言われるんだかんな!!」

孫兵に食って掛かる作兵衛をよそに、孫兵はあらぬ方へと顔を向けている。
二人の声は朝の空気に消えていき、本日も何時も通りの一日が始まろうとしていた。






end

→あとがき

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