孫富

□のーもあ
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二人の願いは聞き届けられる事なく、朝になっても作兵衛の機嫌は悪かった。
不機嫌な一人に縄で繋がれた沈痛な面持ちの二人は食堂へと足を踏み入れる。

殆どの生徒が談笑して食事を取っている中、此方と同じような雰囲気を醸し出す席があった。
三之助がそちらに視線を向けると、そこには藤内と数馬、そして作兵衛と同じく不機嫌な孫兵の姿がある。
これは十中八九、作兵衛のこれは孫兵が原因であるなと考えていると、その孫兵が此方へと視線を向けた。

此方、正確には作兵衛を見遣った孫兵の目は鋭く、金色であるからか獣の様だった。
それに、三之助と左門がごくりと喉を鳴らすが、作兵衛はそれを受けて更に睨むように孫兵を見た。
二人の間に確かに見えた火花に、周りで朝食を取っていた面々は急いでご飯を搔き込んで逃げる様に食堂を出て行ってしまった。

「と、取りあえず、座るか」

三之助がそう言っておばちゃんから渡された朝食を作兵衛に渡すと、それを持った作兵衛は孫兵達がいる机へと向かって行く。
がしゃんと音を立てて膳を置いた作兵衛は、そのまま孫兵の前に腰を下ろした。
喧嘩しているなら態々同じ机で食べなくてもいいものをと三之助が作兵衛の行動に驚いていると、鮭に箸を付けていた孫兵が眉根を寄せながら顔を上げて作兵衛を睨む。

「五月蠅い」

ただそれだけを言って再び鮭に意識を戻した孫兵に、作兵衛は鼻で笑う。

「はっ。悪かったな!俺はお前みたいにお上品じゃねぇんだよ!!」

「そうだな。じゃあ黙ってろ」

と孫兵が言うと、作兵衛は身を震わせて怒り心頭する。
その作兵衛の横にようやく左門と三之助が座ると、睨み合ったまま動かない二人を視界に入れつつ孫兵の隣に座っていた藤内と数馬に声を掛けた。

「なあ、二人に何があったんだ?」

「作兵衛昨日からあんな感じだぞ!」

するとそれに、藤内と数馬は顔を合わせて溜め息を吐いた。

「僕達も分かんない」

「昨日の夜に孫兵に会った時にはもうこんな感じだった」

な?と藤内が聞くと、数馬がそれに頷いて、原因は作兵衛だったんだぁと呟いた。

「喧嘩は何時もの事だけど、ここまで持ち込むのも珍しいな」

「直ぐ和解はするんだけどね…何時もは」

「喧嘩腰なのは変わんねーけどな」

「あれで恋仲なんだから、世の中分かんないよな!」

左門の言葉に三人が頷いて、そのまま違った方向に話を進める。

「俺、孫兵は毒を持つ生き物しか愛せないと思ってたかんなー」

「作兵衛もね、恋愛とか疎そうなのに」

「いや。ああゆう奴等ほど早熟なんだって!」

「早熟って何だ!?藤内!」

「辞書調べなよ」

「左門は知らなくていい!お前は純粋のままでいてくれ!」

「三之助ってさぁ、左門に甘いよね」

「そう言う数馬だって藤内に甘やかされてんだろ」

「そうだね…僕、藤内に甘え過ぎだよね…」

「僕が好きにやってるんだから気にしないで、数馬」

「仲よしが一番だぞ!」

そんな四人の談笑は、隣から聞こえただんっと言う音に止められる。
そこに視線を向けると、机に手を着いて立ち上がる作兵衛の姿があった。

「俺達だけじゃ拉致があかねぇ。この四人に決めて貰おうぜ」

作兵衛の言葉に頷く孫兵。
それに何故か四人は『ああ巻き込まれるんだなぁ』と冷静に思ってしまった。
ぐるりと首を巡らせて此方を向いた作兵衛と孫兵に、四人は居住まいを正して言葉を待つ。

「昨日、こいつがまた毒虫を脱走させたんだ」

「ああ、うん。左門から聞いて知ってるけど…」

答えた三之助に孫兵が鋭い目線のまま黙って聞けと言う。

「で、だ。丁度委員会で貸し出した物の所在確認を行っていた俺が、捜索を手伝ってやったんだ。全部見付かったから伊賀崎の所行ったら、こいつ一匹一匹を数えながら労ってたんだぜ!?俺に礼も無しに!ありえねぇだろ!!」

「僕は間違ってないからな!一匹でもいないと危ないからちゃんと確認しなきゃいけないし、僕達生物委員から離れて寂しい思いをしていた毒虫達をねぎらって何が悪いんだ!?」

「悪いわ!!まず俺を労えよ!」

「はっ!何で作兵衛に?僕は毒虫探しを強要した訳じゃないよ?暇があったら手伝ってくれって言っただろ!!」

口喧嘩を始めた二人に、藤内と数馬は孫兵を抑え、三之助と左門は作兵衛を抑える。
二人の言い分は最もで、作兵衛の手伝いに感謝するのは当然の事。
しかし、脱走した毒虫が無事全員捕獲したかを確認する事も早急に行わなければならない。
どうしたもんかと、四人が顔を合わせて悩んでいると、作兵衛が孫兵を睨み上げる。

「この毒虫野郎の毒虫馬鹿!!礼の一つも言えねぇのかよ、礼儀知らず!!」

そう言った作兵衛に、机を挟んで立っていた孫兵が胸元を掴んで引き寄せた。
その勢いのまま噛み付く様に唇を合わせると、顔を離した孫兵は至近距離から作兵衛に言ってのけた。

「ありがとう、作兵衛。これで満足か?」

その行動に、止めに入っていた四人の目が点になるのに対し、作兵衛は顔を赤く染めた。
恥ずかしい訳でも照れてる訳でもなく、怒りで。

「俺っ、俺はっ!!こういう風に言って欲しい訳じゃねぇよっ…」

目に涙を溜めて絞り出すように呟いた作兵衛に、驚いたのは孫兵だった。
胸元を掴んでいた手を離し、呆然と作兵衛を見遣る。
身を震わせて泣き出した作兵衛に何の言葉も見つからない孫兵はたじろぐばかりだ。
そんな孫兵に背を向けた作兵衛は、無言で食堂から走り去る。
それに数瞬遅れて、孫兵は作兵衛を追い掛けた。
後ろから聞こえた四つの溜め息を背にして。








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