孫富

□特別権利
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左門の声にようやく気付いたらしいもう一人が、おおと声を上げる。

「左門!お前も作兵衛のこと聞いたのか?」

「そうだ!!三之助もか!?」

「ああ。一人で行けるのに、途中で孫兵に捉まったんだよ」

二人がわいわいと騒いでいるのを眺めている左近に、孫兵が歩み寄った。

「悪いね迷惑かけて。左門の相手は大変だったでしょ」

それに左近は乾いた笑いを返すだけで、ほんっと大変でした!!と心の中で返答する。
気持ちが十分に分かる孫兵は、苦笑すると左近の頭に手を置いた。

「ありがと」

ぽんぽんと手を動かして離すと、じゃあ医務室に入るぞーと言って中庭に踏み出そうとする左門と三之助の襟足を掴んで止めた。
そうしてそのまま引き摺って二人を医務室に連れて行く孫兵を左近は呆然と見送った。

そろそろと自分の頭に手を置いて、思わず左近はにやけてしまう。
本来なら、伊作や数馬にそう褒められても、子供扱いしないでくださいと言ってしまうような事。
他の委員会の先輩、しかも『あの』伊賀崎先輩が、僕に!と左近は苦笑ながらも笑みを向けられたのを思い出して微笑んだ。
今日はいい事があるかも、そう浮かれながら長屋へと帰って行くのだった。


実際はとある人に恋敵だと思われ、顔を合わせる度、無視される睨まれるという数日間が待っているのだが、左近はまだ知らない。







「なんっだ、あれ…!!」

一部始終を医務室の中で見ていた作兵衛は、自分が出した声色に気付かない。
隣で二人分の肩が跳ねあがり、作兵衛を恐る恐る見ているのにも気付く事がない。
今、作兵衛の目に映るのは自分達に向かって歩いてくる孫兵だけだった。




左門と三之助の襟足を掴んで医務室に引き入れると、今まで全開であった医務室の戸を閉める。
孫兵が室内に向き直ろうとすると、がしっと両側から両腕を捕まれた。
怪訝そうな顔で孫兵が右側の三之助と左側の左門を交互に見る。

「もう襟足掴まれんのは勘弁!」

「あれは苦しいぞ、孫兵!!」

口を尖らせて言う二人は、孫兵の腕に体重を掛けてくる。

「俺達、猫じゃねーんだかんなっ!」

「それだと孫兵は私達のお母さんって事だな!!」

嬉しそうに話しを脱線している左門に、それじゃ猫って認めてる事になるよと突っ込む三之助。
二人が元気に騒ぎ出したのを挟まれて聞いていた孫兵が口を開いた。

「二人とも重い。取りあえず、離れて。富松の所に来たんじゃなかったの?」

孫兵の言葉に、三之助と左門は体重を掛けていた体をばっと離した。
それは凄い勢いで。
孫兵がそれに眉根を寄せる前に、方向転換した二人は医務室にいる藤内と数馬、作兵衛へと寄って行った。

「大丈夫かー?」

「派手にやったなー!!」

作兵衛と藤内に纏わり着く二人に、数馬が治療の邪魔しないの!と怒っているが二人はどこ吹く風である。
溜め息を吐いた数馬が視線で孫兵を呼ぶ。
それに孫兵が従って、数馬の傍に腰かけると治療道具を渡された。

「作兵衛よろしくね」

それだけ言って藤内の手当てに戻る数馬に左門と三之助が、手伝う!と三人がかりで藤内の手当てに掛かる。
それを見て孫兵は溜め息を吐くと、作兵衛に近付いた。

顔を俯かせて座ってる作兵衛を見た。
一通りの手当ては終わっているようで、後は手や腕の手当てだけのようだった。
孫兵が近付いても顔を上げようとせずにいる作兵衛に、孫兵は話し掛ける。

「手当てはいいのか?」

手を差し出して尋ねると、作兵衛はやっと顔を上げて孫兵を見る。
否、睨む。
じーーーっと孫兵から視線を外す事なく睨む作兵衛に、孫兵は軽く首を傾げるだけだった。









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