孫富

□日の赤、黒の夜
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日が暮れて、空が赤く染まっていく。

言葉なく、空に浸食されるように次第に赤く染まる幾つもの墓を見ていると、背後に気配が近づいて来るのを感じた。
始めは竹谷先輩が言い忘れた事があって戻ったのかと思ったが、その気配ではない。
孫兵は振り返って見ると、手に工具箱を持ってこちらに向かってくる作兵衛が居た。
向こうも孫兵に気付いた様で、手を振って、夕日に更に赤くなった髪を靡かせて足早にこちらへと来た。

「よう、伊賀崎」

「…富松」

珍しく驚いた表情を浮かべて固まっている孫兵に作兵衛は首を傾げた。
そして、手の工具箱を持ち上げてきた。

「竹谷先輩が直しを用具委員会に依頼しに来たんだ、何故か俺指名で。何か直すもんあんのか?」

その言葉で悟った孫兵は、大きく息を吐いて肩の力を抜いた。
どうやら墓標の直しは生物委員ではなく用具委員に任せるつもりらしい。
この場所を教えて、直す作業と自分の気持ちの回復を作兵衛に頼んだようだ。
おそらく後者は本人に言ってはいないだろうが。

自分はそんなに行き詰った顔をしていたのかと思うと少し可笑しくなって、孫兵は口元に笑みを浮かべた。
それに、全く状況の分からない作兵衛は首を傾げるばかりだ。

「直すもんねぇのか?」

「いや、これ」

手に持っていたカメ吉の墓標を作兵衛へと手渡す。
暫くそれを見て、何であるかを理解した作兵衛は、孫兵の後ろに広がる墓を見遣る。
そして孫兵へと視線を戻すと、笑顔を向けた。

「任せろ!俺が全部直してやるよ」

「うん。お願い」

それに幾分か軟らかな雰囲気で孫兵は頷いた。
作兵衛は早速、工具箱を開けて修復に取りかかった。







完璧に雨風にやられて駄目な物は木片を切って大きさを調える。
そこまで傷んでない物は、やすりで表面を削る。
名前の書き直しは孫兵が行った。

他愛もない話をしつつ作業をしていると、孫兵がぽつりと零す。

「…分かってるんだ」

「ん?」

「人より長く生きられる生き物なんてそういないってこと。虫達なんて尚更だよね」

作業の手を止めて、作兵衛は孫兵を見た。
そこに映るは苦痛の表情だった。
それでも孫兵は絞り出すように続ける。

「それでも僕は…もう二度とこの場所には来たくないって、毎回思う……無理だって、分かってるのに」

両手を祈るように握り締め自分の額へと押し付ける孫兵は、まるで懺悔をしているみたいだった。

「それに、ここに眠る皆を殺しているのは僕じゃないか、って」

「それはっ」

作兵衛の声に首を振って制止する。

「僕が逃がしてしまって死んだのも沢山いる。僕が捕まえなければ、僕が関わらなければ生きられた命は沢山いたんだ。僕は、生き物に関わらない方がいいの――」

そこまでで、作兵衛に胸ぐらを掴まれて止められる。
必然的に作兵衛を見上げる形になった孫兵は、その表情を見て口を閉じる。
髪と同じ燃えるような赤い瞳に宿っていたのは怒りだ。

「ふっざけんな!!お前は虫とか生き物が好きなんだろ!?だったら、中途半端なこと言ってんじゃねぇよ!人だって何時死ぬか分かんねーんだよ!それなのに、虫達が死ぬのが嫌だとか言ってんじゃねーよ!少なくとも、ここに弔われてる奴らがお前を怨んでる訳ねぇだろ!!普通の虫は死骸をそのまま放置のところを、こうやって墓まで作ってもらってんだから!!」

「……そう…かな…」

弱気な孫兵に作兵衛は力強く、ああと頷く。

「俺は、お前が毎日楽しそうに餌やってるのも見てるし、散歩させたり、大切にしてるじゃねぇか!!それなのに、死んだらもう会いたくねぇ見たいなんた事言うんじゃねぇよ!虫達が可哀そうだろ!お前が来てやれば、死んだって喜ぶだろ!こうやって、一つ一つに名前も書いてあって大切にしてんだから」

ぽろと涙を零したのは、作兵衛だった。
怒りの興奮故か、頬を上気させて涙を零す。
その涙が孫兵に落ちていった。

「俺は、そんな、毒虫馬鹿のお前を好きになったんだっ!俺よりも、虫達を優先して、俺よりも、楽しそうに話し掛けてる、お前が好きなんだ!!だからふざけたこと言うな!!」

孫兵は作兵衛の頭に手を寄せると、自分の胸元に引き寄せた。

「ごめん…ありがとう」

そう言った孫兵の声は震えていた。
作兵衛はそんな孫兵を抱きしめて一緒に泣いたのだった。



辺りは日が落ちてうす暗い夕闇が包み込む。
その空気は夜を告げていた。








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