鉢竹

□好奇心によって境界線は破られる
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好奇心によって境界線は破られる
鉢竹




部屋の中に響くのは俺ともう一人の息音だけで、どちらも荒く乱れている。
男が荒い息ごと飲み下す様に喉を鳴らすと俺へと足を向けて来て、じゃりと土に混じる小石の音がやけに大きく聞こえた。
俺が後ろに下がると背に壁が当たり行き止まる。



「お前が悪いんだぞ?」


とん、と壁に着いた両手によって俺は男と壁に挟まれて逃げられないようになった。
目線を左右に向けると、両腕が俺を閉じ込めている檻の様で、腕を伝ってその男の顔へと視線を向けるともう遠に息を整え終えた男は涼しい顔をしながら目を眇めてみせた。
琥珀の占める面積が広がり俺はそこに生える感情を読み取ろうと必死にその色を追うが、やはり感情を抑えるのは男の方が上手かった。

追いかけられていた時の爛々としたのが落ち着き、寧ろ落ち着き過ぎて怖いぐらい深い琥珀色には俺が情けなくも困惑した表情を浮かべているのが見える。
ふっと小さな息を漏らした男は、何かを諦めるように一瞬だけ笑うとその目を閉じた。

再び開いた時には、俺が見たかった、でもこんなのを望んでいた訳ではなかったそれを晒す。
もう逃げられないのは分かっているのに壁に密着するように身を引いた俺に男は口元に笑みを浮かべ、その唇を舌がゆっくりと舐める。
真っ赤に彩るそれらの動きを目で追っていると、唇が動いて俺の名前を形作る。


男は、三郎は、それが合図の様に俺へと顔を寄せた。
俺にそれを拒む権利はない。









「好奇心は身を滅ぼすって良く言うだろ?」

お前は典型的なそれだよなと笑いながら話す三郎にはまだ余裕がある様でむかつく。
俺が返事をせずにいたのが気に食わないのか、俺の肌に直に触れていた指が刺激を与えるように動く。

「ぅあっ!…さぶろ、」

好きなように動く手を抑える為に伸ばそうとした手は三郎には届く事はなくて、ああそうだ、縛られているのだと思い出した。
抗議を示せるこの口も、開けば上げたくも聞かせたくもないのに嬌声なんてものが漏れて上手く言葉を発してくれない。
そもそも三郎が俺の静止の言葉なんて聞く筈もなくて、俺の一挙一動に面白そうに声を上げて笑っている。


「くっそ、…俺は……ただ、ぁ…少し、き、になった…っからぁっ!」

言える内に言っておこうと動かした口はやはり上手く言葉を出してはくれないが、三郎はふぅんと唇を弓なりにすると這う指の動きを止めた。
それに俺が目を開けると涙で薄ら膜の張った三郎の顔が至近距離で見えて、それが近付いて来たかと思うと、ぬるりとした感触。
涙を舐められたんだと理解すると、三郎の顔しか映らないこの距離が無性に恥ずかしくなってじわじわと頬に熱が集まるのを感じた。

隠したくとも両手は不自由で、三郎に晒した顔を少しでも三郎に見せたくなくて顔を横に逸らす。
直ぐにふふと零すような笑いが聞こえて、その息が頬に掛かるのがくすぐったい。



「…これも悪くはないな」

小さな呟きに気を取られていると、肌に伝わる刺激が急に激しくなってそれを三郎に問いただす事も出来ない。
翻弄される熱と感情を俺はどうすればいいのか分からなくて、ただ三郎にしがみ付く事でどうにかなると思っていた。

なにより、こうなった原因は俺にあるのだから。






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