鉢竹
□触れることを厳しく禁ずる。
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「んー、それじゃぁやっぱり三郎が気付かない内にハチの気に障ることしたんじゃない?」
朝の支度をしながら、私なりに昨日の事――雷蔵は寝惚けて覚えていませんでした――と
昨夜私なりに考えた事を聞いて貰っていた。
忍装束へと着換えながら、今度は雷蔵も話を聞いてくれて意見をくれる。
「それだったらハチは私に真っ直ぐに言ってくる」
「それもそうだねぇ」
じゃあなんだろうと考える雷蔵の着替えを待っていると部屋の戸が開いて、渦中の人物であるハチが顔を覗かせた。
昨日の言葉を撤回しに来たのかと期待してみれば、全く関係ない事を口にする。
「おはよー、三郎雷蔵!飯行こうぜ」
にかっと何時もと同じ笑顔に何時もと同じ言葉に、私はつまらない表情を形作る。
首を傾げるハチに、別に、と言って雷蔵はもう少し掛かるぞと言って腕を掴んで部屋から出た。
触れた手は特に振り払われる事もなく、ハチは大人しく私に着いて廊下に立って普通に私に話し掛ける。
「なぁ、今日の一限って何だっけ?」
「実技で校外マラソンだ。それよりハチ、昨日のことだが」
「ん?」
あれはやっぱり冗談だったのか、そう聞こうとしてハチを見たら可愛らしく首を傾げて此方を見て来るので思わず抱きしめたくなった。
朝から愛い奴め。と体がハチを抱きしめようと動くのを止めることもできず、ハチに触れようとするとそれをやんわりと避けられる。
「三郎、約束したろ?」
首を傾げたまま、笑顔で言ってくるハチに私は全身が固まってしまった。
約束、とはハチは言うが、私としては突然言われた事に頭が回らなくなって頷いてしまってそれをハチが了と受け取ったのだ。
そして昨日は触れさせてもらえず自室に帰る流れになったのを思い出し口を開く。
「本気かハチ?」
「ああ。だから、暫く触れないでくれ」
「…私ハチに何かしたか?」
「んっと…そういう訳じゃねぇんだけど…」
歯切れ悪く下を向いて呟くハチは、自分の指を弄っている。
この状態のハチは隠し事がある時、でもそれを絶対に人に言わない時の癖だ。
それでも再び問いかけようと私がハチの両肩を掴もうとすると、部屋の戸が開いて雷蔵が出てくる。
「お待たせーって、どうしたの三郎。苦虫を噛み潰したよな顔して」
「何でもねぇよ。行こうぜ雷蔵」
私への問い掛けをハチが答えると、雷蔵の手を取って食堂へと向かって歩き出してしまう。
その後ろ姿を追って歩くが、その足取りは自然と重くなる。
ハチの言葉は本気だったと分かるだけで気分も重くなってくる。
雲一つない蒼天が私の気持ちと相反していて憎らしくて見上げていると、先に行っていたハチが戻って来て声を掛けてきた。
「三郎ー行こうぜ」
そう言って手を差し伸べて来るハチは、先程の言葉と矛盾している。
でもそれを拒否する理由はないのでその手を取って大人しく引かれることにした。
ここまでハチが分からないのは初めてだ。
私の理解できない事は嫌いだ。
なのにハチの事となると、悩んでも迷っても、例え泣かれても嫌われても、ハチを嫌いになることはできない。
こんな事で私がハチへの想いを再認識していることは前を歩くハチには分からないのか。
繋いだ手から想いが伝わればいいと、柄にもなく私は思ってしまい握られる手に小さく力を込めた。
ぴくりと反応したハチの手は握り返してくれはなかった。
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