鉢竹

□触れることを厳しく禁ずる。
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触れることを厳しく禁ずる。
鉢竹




「は?」


私には珍しく、らしくない声を上げてしまった。
顔も恐らくは人目には見せられない様な間抜けな面をしていることだろう。
そんな私の表情を唯一見せることのできる、現在進行形で見ている相手は、目の前で真面目な顔をして同じ言葉を繰り返した。


「俺に暫く触れないでくれ」


拷問とも言える言葉を投げかけた相手、ハチは、爽やかに微笑んだ。








「それで?何したの」

自室に戻って雷蔵を叩き起こして――因みに今は子の刻。つまり深夜だ――その報復を受けて、今は膝を突き合わせて話を聞いて貰っている。
ハチの部屋から返って来て半刻を過ぎた。
眠そうに目を擦る雷蔵に一部始終を話し、先程の言葉となったのだが。

「心当たりがない…」

色々な事が怖くて雷蔵を見れなく己の膝を見つめて答えると、前からため息が漏れるのが聞こえた。

「じゃあ考えてもしょうがないね。おやすみ〜」

「待って雷蔵ぉぉぉ!!ここは大雑把していいとこじゃないからぁ!私とハチの関係の危機かもしれないんだよ!?」

再び布団に戻ろうとする雷蔵にしがみついて私は必死に訴えかける。
そんな私に雷蔵は無情にも鼻で笑うと、自分の布団に入ってしまった。
雷蔵を再び起こそうと近寄ろうとすると、実習でさえ見せた事のない様な殺気を当てられ私は今日は大人しく諦めることにして布団に入る。
此処で言い訳しておくが、別に枕を涙で濡らしてなんかいない。これは汗なんだ。


明日になれば雷蔵もちゃんと話を聞いてくれるだろう、規則正しく動く横の布団の塊に目を向けて、天井へと目を向け痛んだ髪を持つ太陽と評される笑顔を思い浮かべた。
先程の笑顔も、言葉はあれだったが私を拒んでいるものではなかった。
嫌われた訳ではない、では何故ハチは行き成りあんなことを言ったのだろうか。
私達の仲は良好だった。少なくとも私はそう思っていた。
恋仲になったのは最近という訳でもないし、数えられない位には褥を共にした。
喧嘩もしたが大概はくだらない事で雷蔵に諌められて元通りになった。
浮気は勿論、他の誰かに懸想することもなくハチに一途な私に告げられた言葉は幾ら考えても納得のいかないものだ。
目を瞑って布団を深く被っても浮かんでくるのはハチの笑顔で、それが少し恨めしく思いながら私は眠りに落ちた。









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