鉢竹

□初めてじゃなくても
1ページ/2ページ

初めてじゃなくても
鉢竹





まあ仕方のない事だとは思う。

今の状況に、相手には聞こえない様に竹谷は溜め息を吐いた。
目の前には鼻高々と雷蔵の自慢をする三郎が居る。
その言葉の端々から、雷蔵が大好きなんだと伝わってくるのが三郎の計算なのか知らずになのか。
この場合は後者だろうと竹谷は考え付ける。


まあ、仕方がないかと竹谷は独り言ちた。

三郎にとって雷蔵は大切な、大切な存在なのだ。
初めて三郎に居場所と言う名の顔を貸してくれたのは雷蔵で。
多くの顔を仮りて己の存在は見せない三郎の存在を初めて認めてくれたのは雷蔵で。
初めて友達になったのも雷蔵だ。
恐らく三郎にとて雷蔵は、命の恩人に近いものがあるのだ。

今更その事に嫉妬したりはしない。
初めはそれなりに悔しいと思った竹谷だが、五年間二人を間近で見ていたから三郎の雷蔵に対する想いは敬愛を含んだものだと分かる様にもなった。


竹谷は何時も二番目かそれ以降なんだろう。
それでも竹谷には文句は無かった。
三郎にとって雷蔵程とはいかないが、大切な人が両手で足りるぐらいしかいないその中にいる自覚はあるからだ。



でも何か三郎にとっての一番になってみたい。



「なんだそんなことか」

「へ?」

いつの間にか雷蔵自慢話も終わっていて竹谷の方を向いていた三郎から声が掛かる。
驚いた表情で三郎を見る竹谷に、更に口を開く。

「声に出てたぞ」

「どっから!?」

焦る竹谷に面白そうに笑みを向けた三郎は、最後だけだと答える。
それに、前半の独占欲とも取れない恥ずかしい内容を聞かれなくて良かったと安堵する竹谷に三郎は追うて問う。


「で、私の中の一番になりたいのか?」

その言葉に、結局一番聞かれては駄目な所を聞かれてる事に気付いた竹谷は顔を赤くする。
にやにやと笑顔を向ける三郎に耐えかねた竹谷は観念して喋り出した。

「……一番ってか、初めてになってみたいなーって思っただけだよ!!」

気にすんなっと顔を染めて言う竹谷を思わず抱きしめたくなった三郎は、その行動を何とか自制する。
にやける口元を手に隠して考え込む振りをして自分の視界から竹谷を外した。


「……ある」

自分の言った言葉に後悔さえし始めていた竹谷に、三郎から小さな声が聞こえた。
三郎にもあるのだ。
三郎にとって、とっておきとも言える初めてが竹谷に。
はっきり口にするのは恥ずかしく、竹谷の手首を掴むとその身体を自分の方へと引き寄せて抱き締めた。



「私の初恋はお前だよ」



耳許で聴こえるぎりぎりの声で囁かれる。
言葉を理解する前に身体が熱くなり震える。
染み込んだ言葉に、今度は心臓が暴れだした。
同時に顔文字身体も手足も全部が火照って力が抜けるものだから、残る力で三郎にしがみつく様にその背に腕を回した。


「…マジか?」

内容を理解して出たのは否定の言葉。
三郎が竹谷と付き合う前に、何人かと恋仲だった事を知っている。
それなのに自分が初恋なの有り得ないだろうと、それこそ雷蔵だろうと思うのに微かな期待を込めて呟いた。


「俺が、初恋なのか?」

顔を三郎の方に向けるが、今の体勢からは首と耳しか見えない。
静かに、でも確かに込める力が強くなった腕に竹谷は、相手が自分と同じぐらい熱くなっていることに気付く。
思わず、ふっと息を吐くように小さく笑うと三郎に更に強く抱き寄せられた。
そして、それが何よりの答えだと正確に受け取ったのだった。

嬉しいと思う反面、もう一つの思いも浮き上がる。
人は与えられると更にと求めるのは何故だろうか。
竹谷は浮き上がったもう一つの思いを口にする為に三郎からそっと身を離す。

近い距離で見つめ合うかたちになるが、互いの視線は絡んだまま外れない。
三郎の琥珀色の瞳に自分が映っている事が嬉しく、竹谷はその瞳に微笑んだ。


「やっぱり、初めてじゃなくてもいいや。三郎の最後の恋を俺にくれ」


竹谷の言葉に瞬時に顔を赤く染めた三郎は、竹谷の肩に額を付けると小さな声でハチは狡いと呟いた。






それは互いに望むもの






end

あとがき→
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ