鉢竹

□見えるモノ
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見えるモノ
鉢竹 後編






「この分なら後二、三日で包帯を取ってもいいかな」

しゅるしゅると瞼の上に掛かっていた包帯を解きながら、伊作がそう言ってくる。
竹谷はそれに嬉しそうに顔を綻ばせた。

「本当ですか!?」

「うん。けど、ゆっくり光に慣らしていかないとね。この半月ずっと暗闇だったんだから」

包帯解かれても無理しちゃ駄目だよと伊作が解れた後の注意点を言ってくるも、竹谷にはその半分も聞いていなかった。
目を開いてしまいたいのを堪えて、そっと瞼の上を指でなぞった。

指先の感触はぼこぼことしていて傷が治りかけて瘡蓋状になっているのが分かる。
傷を何往復となぞっている竹谷に、伊作は声を掛けた。

「その傷も綺麗にとはいかないけれど、ある程度近付かないと分からない程には消えるから安心して」

「…凄いですね」

「新野先生が調合したこの薬のお陰だよ」

そう言って薬を傷に塗り、その上から包帯を捲いていった。
竹谷は伊作が施す処置に大人しく身を任せていると、そう言えば、と伊作が前置きをしてくる。
それに竹谷は処置の邪魔にならない様に体は動かさず、なんですか?と口だけを動かす。


「今日此処に来る前に、鉢屋が医務室に『八左ヱ門の経過はどうですか』って聞きに来たんだよ」

「え?…三郎がですか!?」

驚いて声量を少し上げた竹谷に特に気付く事は無く伊作は続ける。

「そう、それで僕が今日の具合を見てみないと分からない、と言ったら帰ってしまったんだけど、放課後にでも来たら包帯が取れるって教えてあげるといいよ」

自分の事の様に喜んで話してくれる伊作とは対蹠的に竹谷は沈んでいく。
今まで来なかったのに、今日三郎が来るはずがない。
自分は嫌われたのだから。
でもどうして。


「一番竹谷を心配してたのは鉢屋だから、安心させてあげるといいよ」

にっこり笑って言ったであろう伊作に、竹谷は曖昧に頷くことで返す。
包帯で傷を固定し終えると、残りの包帯を救急箱に仕舞ってその蓋を閉じた伊作は立ち上がる。

「それじゃあ、また明日の朝来るね」

「毎朝、早くからありがとうございます」

「保健委員として当然だよ!」

胸を張って言う伊作の気配に竹谷は軽く微笑んで、もう一度頭を下げて礼をする。
それに微笑んだ後、伊作が部屋を出て行くのを音だけで見送った。

怪我をした次の日から伊作は授業前の忙しい時に時間を割いて竹谷を診てくれた。
朝食後ということで、最初の内は傷の処置と共に経口薬も処方されていたのだが最近は必要がないようで渡されなくなった。


この分だと包帯が取れる二、三日後には授業にも戻る許しが出るだろう。
体を動かす事ができずにいたから、早くこの鈍った体を動かしたくて仕方がない。
だから包帯が解ける事は色々なことからも解放される大変好ましい事だ。

けど。


再び光を取り戻した世界に三郎は居るだろうか。
自分の前に姿を見せてくれるだろうか。


不安が竹谷を占めていった。








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