鉢竹

□見えないモノ
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竹谷が目を覚ました時、其処は医務室だった。
とは言っても、目の周辺を何かで覆われていた竹谷にはそれを視界で確認する事は出来なかったが、多くの薬品の匂いでそこが医務室だと分かる。
半身を起し、目を覆う布を触るとどうやらそれは包帯の様だった。


「あ、起きた?」

音も無く開けられた戸に竹谷は一瞬びくりとするが、聞こえてきた声に肩を下ろす。
伊作は今度はぱたんという音と共に戸を閉めると竹谷の所へと寄ってくる。
気配も足音も感じなかった、流石は六年生と竹谷が静かに感心していると、伊作は竹谷の布団の横へと腰を下ろした。

「善法寺先輩……俺」

言葉を発するがやけに喉がひりついて言葉が途中で切れてしまう。
それに伊作が、まあ落ち着いてと宥めた。

「君はね、二日間寝込んでいたんだよ」

そう言って手に湯飲みを握らせた伊作に竹谷は驚きを隠せない。
取りあえず飲んで、と促されて湯飲みに入っていた水を喉へと流す。
冷たい感触が心地良い。

「どうやら敵の苦無に毒が塗ってあったみたいでね、その所為で熱を出していたんだ」

竹谷が水を飲むのを確認すると、伊作は聞きたいであろう事を話し出す。

「まだ微熱があるから体はだるいだろうけど、解毒はしたから毒の方はもう大丈夫だよ」

そう言って柔らかく微笑んだ気配に、竹谷は頭を下げて礼を言った。

「ありがとうございます、善法寺先輩」

「いいえ。お礼は僕だけじゃなくて、新野先生と保健委員にも言ってあげてね。あと、鉢屋にも」

前の言葉にはいと答えた竹谷は、最後に出てきた名前に反応を示す。

「…三郎?」

「そう、彼が君を見つけて医務室まで運んでくれたんだから」

あんなに気の勢ている鉢屋は初めて見たよと伊作が笑っているのに、竹谷はそうかと思う。
やはり気を失う前に自分を支えてくれたのは三郎だったらしい。
心配を掛けてしまったと両手を握り締める。

「毎日君を見舞っていたから、今日も来ると思うよ。その時にお礼を言ってあげるといい」

「…はい」

小さく頷いた竹谷に伊作はにっこりと微笑んだ。



その後、体温を測り体の傷の手当てをしてもらう。
目を覆う包帯を解く伊作に竹谷は静かに問いかける。

「俺は、失明したんですか」

包帯を解く手が僅かに止まったが、直ぐに再開して全て取り払われる。
目を開けた竹谷には、闇しか映らなかった。

「見えるかい?」

「……いいえ」

動揺も無く静かに答えた竹谷に、伊作は口を開いた。

「傷の方はそんなに酷くない…って言っても、瞼を深く切られて網膜も少し傷付いたんだけどね」

そこで一度言葉を区切る伊作が深く息を吐くのが分かった。

「毒の副作用が視神経を侵すものらしくてね、一時的に視力が落ちるようなんだよ」

「…え?……失明はしてないって事ですか?」

「そう。今は見えないだろうけど、必ず回復するって新野先生が仰っていたから安心して」

その言葉に今度は竹谷が大きく息を吐いた。
学園に帰る際に、次第に見えなくなる世界に竹谷は失明を覚悟していた。
また見る事ができる、その言葉に胸の内が熱くなる。

「…っよかった!」

大きく吐き出される息と共に呟いた言葉は、安堵に包まれていた。
伊作もそれに一緒に喜んでくれている。

「あ、でもね。さっきも言ったように、網膜も少し傷付いているから半月は絶対安静だからね。目に負荷を掛けない様に、半月間は包帯を巻いていて貰うから」

其れ位には視力も戻ってくるって新野先生も仰っていたし、と伊作は忠告しながら瞼へと薬を塗り込んで新しい包帯を巻いた。

「はい!ありがとうございます!!」

包帯を巻き直す手が離れると竹谷は元気に返事を返した。
それに、伊作は一通りの手当ては終わったと食堂に竹谷のご飯を取りに行く為に立ち上がる。

「お粥を作ってもらっているから、取ってくるね。食べたら薬をちゃんと飲むんだよ」

医務室から出て行く気配に竹谷は頷いて、静かになった部屋で目を覆う包帯を触る。


そして


「よかった。またお前が見れる…」



そう静かに呟いた。





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