鉢竹

□別れを大好きな君に
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体の力が抜けると八左ヱ門の肩に置いたままの手が離れた。
そんな俺に八左ヱ門の瞳は、真っ直ぐと向けられている。
どんな非難の言葉も多分暴力でも受ける覚悟が見えた、それぐらい強い意志が向けられる。
俺に向けて、俺以外の奴への想いの為に。


「だから、お前と一緒にいることはできないっ」

そう言って唇を引き結ぶ八左ヱ門の姿は惚れ直す男らしさがある。
今更、俺が好きを募らせても届きはしないのに。
ははっという笑いが俺から漏れて、嘲笑なのか諦めの笑いなのか自分でも分からない。

「……よりによって、鉢屋か」

「え」

俺の呟いた声に八左ヱ門は聞き返すが答えてはやらない。
だって鉢屋は、八左ヱ門と恋仲になったと言った時に一番きつく睨んできたから。
八左ヱ門に想いを寄せている人が何人かいたのは知っていた。
本人は全く気付いてはいなかったけど、実際に付き合ってから俺に当たってくるのが何人かいたし。
陰口言われたり面と向かって相応しくないとか言われたけど、鉢屋はただ俺を睨んでくるだけだった。

でも、それでも八左ヱ門と付き合っているのは俺で他の人が何を言っても俺がその気持ちでいれば変わらないと思っていた。
隣で笑う八左ヱ門の気持ちに気付く事ができなかった。
考えてみれば鉢屋と雷蔵と八左ヱ門は一番長く居るのだからそうなってもおかしくなかったのに。


「…言うの?」

「何をだ?」

「鉢屋に、好きって」

俺の小さすぎる問い掛けに八左ヱ門は大きく目を開き、その後、首を振った。
ずっと俺へと向けられていた瞳が逸らされ下を向く。

「…言わねぇよ」

床へと着いた八左ヱ門の手が震えている。

「言えねぇよ…あいつには他に好きな奴がいるだろ」

八左ヱ門が躊躇うのはきっとその思い違い以外にもある。
俺が告白した時の様に、相手に気持ち悪いって思われたらどうしようとか、今の関係を壊したくないとか、怖いとか。
それと、俺の存在とか。

優しいのだ竹谷八左ヱ門という男は。
俺みたいに自分の気持ちを最優先したりはしないで、相手の気持ちを考えてそれから動く。
そんな八左ヱ門が、俺に別れを言うまでの募る想いを抱いているのに鉢屋に想いを告げないのは俺の為。
他の人を想ったまま俺とは付き合えないと別れを告げても尚、俺の気持ちを考えて自分の気持ちを鉢屋に伝えないのだと。
だから。


「鉢屋に好きな奴がいるかは知らないけど、俺は、…応援なんてできないから」

「…ああ。そんなつもりねぇよ。俺は、お前を傷付けた…」

「でも、八左ヱ門には笑ってほしい」

俺の言葉に八左ヱ門が顔を上げる。
まだ全然この衝撃からは立ち直ってはいないけど、俺の今の精一杯の笑顔を表情に乗せた。
情けなくも歪んでいるだろうけど。


「俺は笑ってる八左ヱ門が、好きだから」


息を呑む八左ヱ門が再度下を向く。
今度は俺の為に泣くつもりなのか、最後だからと俺は八左ヱ門を引き寄せ抱き締めた。

「ごめんな、最後まで情けなくて」

震える声で泣いているのが伝わっただろう、八左ヱ門は自身の涙は堪える様にして俺の言葉に首を振る。

「お、俺っ、俺がっ!」

「俺は八左ヱ門が好きだ。この気持ちに変わりはない」

「…………っ」

「これは俺の勝手だろ。八左ヱ門が誰を好きでも、俺は八左ヱ門が好きだ。だから、……八左ヱ門が誰かを好きになるのも八左ヱ門の自由だっ…」

「……っお前は、やっぱり優しいよ。ありがとう、俺を好いてくれて」


この体温が愛おしかった。
俺が全て愛して、八左ヱ門に愛されたかった。

でも八左ヱ門の笑顔が一番好きだから。
気持ちを忘れることは今の所できる気がしないけど、それでも最後にありがとうと言ってくれた。
俺の気持ちを汲んでくれた。
好きでいたことを無駄にはしないでくれた。


俺は本当に、竹谷八左ヱ門が好きだった。






end

→あとがき
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