鉢竹

□別れを大好きな君に
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別れを大好きな君に
モブ竹からの鉢竹

※モブ出現注意、モブ視点



「ごめん」

続けられた俺の名前はとても小さな声だったのに、俺には全身に響いたように感じた。
八左ヱ門の表情は下を向いていてあまりよく見えない。
ただ少しだけ見える唇は震えていた。


「な…んで?なんで、そんなっ」

喉が詰まり声が擦れる。
俺の問いかけにびくりと体を揺らせた八左ヱ門は自分の両手を強く握りしめていて、答のない無言が続く。

俺がもう一度声をかけようと八左ヱ門に身を乗り出すと、八左ヱ門からひゅっと息の呑み込む音が聞こえた。
八左ヱ門がゆっくりと俺に顔を向ける。
覚悟を決めた真剣な表情が俺に向けられ、先程から冷たく響く俺の心臓の音が一際高く鳴って俺はごくりと喉を鳴らした。


「ごめん。俺、…他に好きな人ができた」


だからもうお前と付き合うことはできない、続けられた言葉は震えているのに八左ヱ門の瞳に揺るぎは無くて俺は叫び出したい衝動を何とか制してその肩に手をやった。
痛みに顔を顰める八左ヱ門はそれでも文句も言わず、俺の瞳から視線も逸らさずに俺を見ている。
その真っ直ぐな瞳が、大好きだったその瞳が今だけはとても嫌いだ。

「なんでっ!!行き成りっ…、俺はっ、八左ヱ門が好きだよ!別れたくなんかない!!」

みっともない姿なのは分かっていた。
それでもこの存在を離したくなくて俺は八左ヱ門に縋りついて頼む。
下にある八左ヱ門の顔は苦しげに歪んでそれでもその口からはごめんという言葉しか出てこない。

「嫌だ!!別れたくないっ!俺は、俺は、八左ヱ門が好きだっ!!」

こんなに必死に八左ヱ門に想いを伝えたのは告白をして以来だった。
何時もは好きだと口に乗せれば、照れた笑顔が返ってくるのに、今は苦しげな表情が浮かんでいる。

大好きだった。
同性ということで悩んだ時期もあった。
それでもそれを含めても八左ヱ門が好きという気持ちが膨れ上がって、告白をした。
直ぐに応は貰えなくて、好きとか分からないという八左ヱ門に、付き合ってその後から好きになってくれればいいと押し通す様に言って恋仲になった。
格好悪くても、それでも竹谷八左ヱ門という男を自分のものにしたくて、俺を好きになって欲しくて。

恋人としての進展はゆっくりだった。
手を繋ぐのにも緊張して、今でも八左ヱ門に触れるのは緊張する。
同級で俺達の関係を知っている奴にはヘタレと何回も言われた。

自分でもそう思ったから、意を決して行動を起こして。
唇をくっ付けるだけの口吸いをして、恐る恐る八左ヱ門を見れば驚きの顔の後に頬を赤く染めてなんか恥ずかしいなと言った姿が堪らなく可愛かった。
抱き締めたら抱き締め返してくれたのが幸せだった。

嫌われたら、という思いが強くて一度として八左ヱ門の身体に触れることはできなかったけれど。
それでも、大切に、大切にしてきたつもりだった。


「俺、お前に嫌われることをしたか…?」

「違うっ!お前が悪いんじゃない!!」

情けなくも声が震え目頭が熱くなって涙が浮かんでくる。
八左ヱ門の直ぐに上がった否定に、ならば何でとの思いが浮かんでくる。

「駄目なところは直す、直すからっ…!だから、八左ヱ門っ」

思い直してくれと肩を掴む手に力を込める。
八左ヱ門の鼠色の瞳には泣きながら懇願する俺が映っていた。



「…お前は、優しい。優しくて、いい奴で、俺を好いてくれてるのがいつも分かる」

ぽつりと八左ヱ門の唇が動いて言葉を発する。
優しい、と言った時に八左ヱ門の瞳が緩んで優しい色が灯る。
目を見張る俺に八左ヱ門の言葉は続く。

「お前の気持ちに応えたくて、口吸いも嫌じゃなかったし、お前と一緒に居るのが楽だから、お前の事が好きだと思った」

「…っ八左ヱ門」

「でもっ、違かった!……っあいつが」

八左ヱ門の言葉に詰め寄ろうとした俺を制する様に顔を俺へと向けた八左ヱ門の瞳には涙が浮かんでいた。
くしゃりと表情を崩して、それでも耐える様に涙は零さない。
あいつ、と言葉を詰まらせた八左ヱ門の声は震えて、それでも俺が八左ヱ門の名前を呼ぶ時に込めるのと同じ愛おしさが籠っている。

「あいつ、が……他の奴の話しをするのが、苦しいんだ。他の奴が好きなんじゃないかって考えると、悲しいんだ…。っでも、笑顔が、俺に向けられるのが、っ泣くほど嬉しい」

八左ヱ門の感情と呼応する様に瞳に溜る涙の膜がゆらゆらと揺れる。
こんな状況なのに、俺はそれが綺麗だと思った。
ぎゅうと八左ヱ門が目を瞑り、膜が崩れて涙が頬へと流れた。
ゆっくりと開いた瞳が俺を見据えてくる。



「ごめんっ、俺……三郎がすきだ」



恋をしているんだと思った。






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