頂*捧*企

□夏祭り
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02.支度



「ヤッホー!待ってたよ!」 

ガラリと扉をスライドさせて尾浜が家に竹谷達を迎え入れる。
昼間よりは大分日が沈んだとはいえ、まだまだ元気な太陽の下を歩いて来た三郎はだるそうに玄関を潜った。
三郎の背中を追い、竹谷も尾浜の家に上がる。

暑い、だるい、と文句を言って遅々としか進まない三郎を押したり引っ張ったり、戻ると言って竹谷の家に帰りだした三郎を追いかけたりと暑い中疲れる思いをしたのは竹谷の方だ。
尾浜の部屋に入り、涼しい空気に満たされた空間に大きく息をつくと落ち着くことができた。
三郎などは先に来ていた雷蔵にささっと抱きついている。
お前熱いのはどうした、という言葉を飲み込んで、雷蔵と一緒に部屋に居た兵助に手を上げて挨拶を交わす。

「よう。兵助達は昼に来たのか?」
「ああ、そうめんと冷奴をごちそうになった」

おそらくその冷奴は、一食に一つ豆腐がなければ不機嫌になる兵助のために尾浜が用意したものだろう。
さすが幼馴染、しっかりと手綱を握っている。
お陰で兵助はご機嫌のようで、祭りに関しても乗り気らしく持参した浴衣を竹谷へと見せた。

「余り派手なものはないが、渋すぎないものを選んできたつもりだ」

そう言って袋から取り出した浴衣は兵助の言うとおり派手さはないが、涼しげでシンプルな浴衣が五着揃っていた。
兵助が見立ててくれていたらしく、自分で選ぶ前にそれぞれに浴衣が渡される。 

「自分で浴衣着れない奴いるか?」
「俺できない!」

兵助は普段家で着慣れており、尾浜は毎年夏祭りに浴衣を着ているらしく、雷蔵と三郎は日舞だかの稽古で着物の着付けは身についている。
つまり、兵助の質問に手を上げたのは竹谷だけだった。 

「浴衣ぐらいなら簡単だろうが」
「うっせえ!俺は、三郎達みたいに日常的に着物なんて着ねぇんだよ!」

旅館の浴衣ぐらいしかと言った小さな呟きも拾って、鼻で笑ってニヤニヤ笑みを向けてくる三郎に竹谷は頬を膨らませる。
一方的に睨み合っていた二人の間にはいったのは雷蔵だ。

「ほら、もうすぐ日も暮れてくるよ。お祭り始まっちゃうから!」
「む、そうだな。雷蔵の言うとおりだ。おい、ハチ!雷蔵に免じて私がお前の着付けをしてやる。ありがたく思え!」
「何でそんな上から目線!?」

でも自力で着られないものは着られないので、小さな声でオネガイシマスと言うと三郎が勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「せっかくだから、お前も浴衣の着方を覚えろ」
「…俺はいいよ。難しそうだし……」

断ってみたが自分で浴衣を着れるのは格好いいかもしれないと思い直す。
ゆっくりと説明しながら竹谷に浴衣を着せていく三郎の手の動きを追った。

「まず、浴衣を羽織って背中の中心に注意しながら右手の方の上前を左の脇に持ってくる」

立っている竹谷の前で膝立ちになっている三郎が、上前と呼ばれる右手側の裾を左の脇へと当てる。
同じように左手側の上前を右の脇へと持ってきて布を重ねる。

「閉めすぎると着慣れてない奴は苦しいだろうから喉下くらいまで襟は開けとけ」

スッと喉元に伸ばされた手が窮屈担っていた襟を広げて、僅かな息苦しさから解放された竹谷は息を吐く。
細い腰紐を取り出した三郎に持ってろと言われ、右手の腰に紐を当てて持つ。

「だいたい、腰骨の上ぐらいに腰紐を巻く。…このぐらいだな」

紐が後ろでバツを描いて前に戻ってくると、真ん中よりも少し右にずれた場所に紐を結ぶ。
結ぶときに下に二重に結とか何か言われたが、手の動きを見ても分からなかった竹谷に三郎はとにかくここで結べばいいと半ば諦めるような声で言った。

「左右の紐を反対の方に持ってって残りの紐を脇に差し込め。あと、背中の中心が綺麗に見えるように後ろに布があったらそれも脇の方に持って来い」

ぐいぐいと布を引っ張られて何やら脇の下がくすぐったくなるが、睨んできた三郎を見て笑うのは堪えた。
その後、角帯の結び方を教わって実際にもその目で見ていたのだが、竹谷は正直一回で覚えられそうになかった。

「ちゃんと覚えたか?」
「いや…帯んとこ良く分かんなかった」

正直に答えた竹谷に呆れた溜め息を零した三郎は、竹谷の浴衣を数ヶ所手直しして整えると終わりだと告げて背中を叩いた。

「あでっ!!」
「今度私の家来たとき浴衣出してやるから覚えろ」
「えー!三郎がまた着させてくれりゃいいじゃねーか!!」

覚えろと強い視線と共に言われて、竹谷は渋々頷いた。
その竹谷を見て満足げに笑った三郎は自分の浴衣を着だした。
竹谷が周りを見ればもう三人は着終わっていて、尾浜などは腕を捲ったりとアレンジも加えている。

「はっちゃんにもあげる〜!」
「おほー!あんがと!」

渡された団扇を背中に差して竹谷は完成だ。
兵助は持参した扇を帯に指しているし、雷蔵は何やら可愛らしい根付けを差していた。
同じ形の色違いを着付けを終えた三郎も着けて、どうやら全員の支度が終わったようだった。

改めてぐるりと四人を見る。
兵助は落ち着いた青の浴衣で、尾浜が焦げ茶縞柄、雷蔵が白格子柄、三郎が白縞柄で、竹谷が黒十字絣柄の浴衣で、浴衣自体が派手ではない分、帯に当てられた色が一面であったり一部だったり一点だったりとそれぞれだが鮮やかなものになって見た目のバランスを整えていた。
周りが下駄を履く中、竹谷は履き慣れていない下駄は履かずに普通のサンダルにしたが、何だか見た目から祭りに入るととても気持ちも上昇してくる。
じゃあ行こうか、という尾浜の声に頷いて竹谷は尾浜の家を出たのだった。



end

男に金魚柄はないなとなんとか思いとどまりました。
竹谷の家は普通で、他の四人の家はみんな金持ちだと思う。


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