頂*捧*企

□お隣さんではっちゃんのヤキモチネタ
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2万打リクエスト企画
【お隣さんではっちゃんのヤキモチネタ】



進めていた足をぴたりと止める。
来るまで嫌だった気持ちが、もっと嫌な方向へ傾いていく。
竹谷は手に持っていた教師に持って行くように頼まれた資料を知らずに強く握っていた。


化学準備室に女子が入って行くのを見た。


それは竹谷が自分で思っているよりも大きな衝撃があった。
くるりと踵を返すと竹谷は走って逃げるようにその場から去った。



ガラッと勢いを付けて開けた教室の扉をこれまた勢いを付けて閉めるとバンッと音が鳴る。
その扉に背中を着けると、ずるずると座り込む。

「――っ!」

資料を床に置いて空いた腕を両膝を抱えるようにして回すと、額を当てた。
先程見た光景が何度も竹谷の頭の中で再生される。
ドクンドクンと心臓の音が煩く身体の内側から竹谷を圧迫する。
走った事でくるものと不安からくるものの両方から鳴るその音に竹谷は耳を塞ぎたくなった。

どうして、なんで、と声にならない問いが唇を形作る。
滲みそうになる涙を唇を噛んで食い止め、膝に回した両腕にぎゅっと力を込めて湧き上がってくる衝動を耐えた。




衝動が去った訳ではないが自分で抑えられるぐらい落ち着いた竹谷ははぁぁぁと大きく息を吐き出すと、薄暗くなった教室を見渡した。
人が居なくて良かったと思う、そして誰も来なくて。
こんな姿をクラスメイトに見られても説明できないし説明できる雷蔵であっても今は感情のままに訳の分からない事を喚きそうで、本当に誰も居なくて良かったと竹谷は思った。

帰るか、とぽつりと声を漏らして竹谷は立ち上がる。
床に置いたままの資料を持ち上げ一部皺になっている所を伸ばしてから教卓へと置いた。
急ぎではないと資料を渡した教師も言っていたし、この資料を鉢屋が明日の朝のホームルームに見つけることになっても問題ないだろう。

机の中から必要なものを取り出して鞄に仕舞い、窓からもう夕方とは呼べない遠くに薄らと赤の残る空を見てから竹谷がカタンと音を立てて席を立ったのとガラリと教室の扉が開いたのは同時だった。
教室に入って来た人物は人がいたことに驚いて、その後に更に驚いて息を詰めた様子に薄暗い教室からではその人物が誰か分からない竹谷は首を傾げた。
ただ、身長や体格や格好から教師である事は窺える。


「すみません、直ぐ帰りますっ」

竹谷が慌てて頭を下げると、その人物は教室の机を縫うように歩いて竹谷へと寄って来る。
始めは不思議がっていた竹谷も漸くその人物が誰であるかに至ると背を向けてその場から逃げようとした。

「やっ!」

「どうした、はち」

少しあった筈の距離を詰められて手首を掴まれた竹谷がそれを払う様に声をあげると、手首を掴んだ人物へと引き寄せられて優しい声が耳元で響いた。
その声に顔を歪めた竹谷に視線が降ってくるのが耐えられたくて、竹谷は相手を突っぱねて顔を逸らす。

「…何でもありません、鉢屋先生。…放してください」

視線を合わせようとしない竹谷の手首が強く握られるが一瞬で、ゆるりと解かれる。
そのまま鉢屋に背を向けて歩き出そうとした竹谷の肩を掴まれて、驚きに顔を上げた竹谷に鉢屋は優しげな『先生』の笑みを浮かべているのが段々と闇に飲まれていく教室内でも見て取れた。

「送るよ」

「は?いえ…いいです」

首を振って鉢屋から逃れようとするが竹谷の肩は大きな手にしっかりと掴まれていて脱け出せない。
全身で藻掻こうとした竹谷だが、鉢屋に促されて何時の間にか連れて来られた職員室の扉を鉢屋が開けたのを見て大人しくなる。
肩から腕が外されて背中を軽くとんと押されて職員室内に竹谷も入る事となった。


「そこに居て。――見回り終わりました、異常は無かったです」

「お疲れ様です、鉢屋先生。…竹谷はどうしたんですか?」

所在なさげに佇む竹谷の存在に視線を向けた壮年の教師の他にも職員室に残っていた教師達も不思議そうな視線を竹谷へと向けていた。
それに鉢屋は人当たりの良い笑顔を浮かべて訊いてきた教師に向けて心配そうな声色を出した。

「教室で顔色を悪くして座っていたので…。私、竹谷を送りますね」

「ああ、そうでしたか。確かに体調が悪そうだ」

何時も元気な溌剌とした笑顔が印象的な竹谷が今日は伏し目がちに表情を曇らせていて顔色も何時もに比べれば青白い、そんな竹谷に納得したように頷いた教師は心配そうに竹谷に話しかけていた。
他の教師も鉢屋の言葉にそういう事かという顔をして自分の仕事に戻り、鉢屋はその間に帰る準備を整えて必要なものを持つと俯いていた竹谷の前に立つ。

「行こうか、竹谷」

「……はい」

小さく擦れた声で返事をした竹谷は鉢屋と視線を合わせようとはしなくて、促されてもそれに大人しく従うだけだった。




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