頂*捧*企

□命短し、恋せよ乙女。
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カラコロと穿いている草履から音が鳴る。
無事に三郎に着付けをしてもらって、今はゆかたを着ている。
下着をつけない、などということは流石にしない。
三郎の回される腕や近くなる顔に、心臓は騒ぎ立て顔が熱くなった。

着付けを終えた三郎は普段と変わらない表情で、自分だけが一人気にしているようで恥ずかしかった。
となりを歩く三郎を盗み見れば、浴衣を着せ終えた時と同じ表情で祭りの屋台を見ていた。
竹谷にとって祭といったら浴衣であるが、三郎はそうではないらしく普段着だ。
そして、いくら着付けた本人だからといって少しぐらい何か言ってくれてもいいじゃないかと思い、慌てて首を振った。

それじゃあまるで、三郎に可愛いって褒めてほしいみたいじゃないか。

かぁぁっと顔に熱が集まる。
暗くなり始めた周りに紛れるように、竹谷は三郎の服の裾を掴むと前に指を向けた。

「と、とりあえず、射的と輪投げだ!あと、金魚すくいと数合わせもやるぞ!!その後は食べ物だ!」

「どんだけ楽しむ気なんだよ」

「だって祭は今日しかやらねぇんだぞ!?遠くとかのは行けねーし!!今日で今年の夏祭りを全部満喫するんだ!行くぞ、三郎っ!!」

「オイ…っ!」

ぎゅっと離さないように三郎の手を掴むと竹谷は屋台へと歩き出した。
でも三郎の顔は見れなくて、緩くだが握り返された手にまた顔に熱が集中した。


一通り屋台を廻って続けて二周目に入ろうと意気込んでいれば、三郎に止められる。
引いていた手を今度は引かれて歩き出す。

「少し休憩するぞ」

「えー!」

「えー、じゃない。手を引っ張られて振り回されるこっちの身にもなってみろ」

「悪い、人酔いしたか…?」

小さくなった竹谷の声に三郎が振り向くが、その顔に少し疲労は浮かんではいるが顔色は悪くない。
元々人の多い所が苦手な三郎を知っているので、名残惜しげに屋台を見やって、大人しく三郎に着いて行く。
濃紺の浴衣の袖がちらちらと視界の端で揺れていて、それに不思議と既視感を覚えた。



人混みから離れた場所に腰を落ち着けて横に視線をやれば、三郎が安堵したようにふぅと溜め息を吐いた。
蒸し暑さに汗ばんだ額を拭う姿にどくりと心臓が騒いでそこから目が離せないでいれば、ふと三郎の琥珀色が竹谷の方に向けられてそれに更に心臓が騒ぐ。
夜と呼べるぐらいには暗くなった中で、月の光を浴びた様に琥珀色がやけに際立って見えた。
その琥珀色がなぜだか懐かしく思った。

琥珀色がふっと緩み、優しい眼差しが竹谷を見ている。
それに心臓が一際大きく騒ぎ立てると、顔が熱くなってくる。

優しい目など、日頃から竹谷を甘やかす三人に向けれられ慣れているはずなのに、三郎のそれには胸が締め付けられた。

「っ、なん、だよ…?」

向けられる視線に耐えきれず俯いた竹谷の声には動揺が浮かぶ。
掠れた声に三郎の動く気配が伝わる。
二人の間に普段とは違う空気が流れていることを感じて、竹谷は唇を噛んだ。

「休んだなら、っ戻ろうぜ!私まだ回りたい屋台あるんだ!…っぅ!」

流れる空気に、喋らない三郎に、何より煩く喚き立てる自身の心臓に耐えられなくなった竹谷は立ち上がって屋台の方へと体を向けるが足は一歩も動かなかった。
三郎に手首を握られて、軽く引かれる。
座れ、との合図に数秒迷って、先程よりはちょっとだけ広く間を空けて座った。
その間も三郎に手首は握られたままで、何時もは冷たいぐらいの三郎のてが熱いぐらいに感じて、その熱が竹谷の体を巡る。

「三郎…?っそんなに体調悪いなら、もう帰るか?」

「大丈夫だ」

黙ったままの三郎をどうにかしたくて話し掛ければ落ち着いた声が返る。
先程から外される事のない視線が向けられているのに観念して、竹谷は俯いていた顔をそろりと上げた。
そして、上げたことを後悔した。

「はち」

聞いたことのない掠れた甘い声で名前を呼ばれて、体に震えが走った。
どこまでも真っ直ぐで、普段なら有り得ないぐらい優しい顔で三郎が笑っていた。

それに一瞬の内に体の中に痺れるような何かが巡った。
バクバクと鳴る心臓も、苦しいまでに締め付ける胸の内も全て感じられるのに、三郎の声と表情に体は動かなくなる。
騒がしいのは三郎に見えない竹谷の内側だけだった。


「嫌なら、避けろよ」

「ぇ…?」

ぽつり言った三郎の言葉を何とか聞き取っていたら、竹谷の前がふと暗くなる。
次に見えたのは琥珀色の月が二つ。
段々と近づくそれに、避けないと、と頭が考えるのに脳は別の命令をだす。

閉じた瞳の先で空気が動く。
唇に触れた柔らかなの熱に体を震わせて、竹谷はどくどくと血の巡る音に全てが満たされた。




『好きだ。ハチ』

嫌だ、聞きたくない。そんな竹谷の思いも空しく、薄い唇に艶を乗せてまた好きだと繰り返す。琥珀色の瞳が欲に染まっていて、そこから窺える色気に竹谷の言葉が詰まる。細まる琥珀色に背中が震えた。

『…愛してる』

『っ、い、ゃ…だっ!やめろ、っ三郎ッ!』

首を振る竹谷に三郎の笑みの含んだ呼気が近づく。耳元で囁かれた言葉に本当に呼吸が止まりそうだった。


『ハチ、これは房術の授業だ。お前もちゃんとその場の話術を使えよ』

『っ!』

苦しい。胸が、心臓が、心が苦しくて、竹谷は目を閉じた。






開いた瞳の先には琥珀色がある。優しく笑う琥珀色に、竹谷は涙を流した。






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