頂*捧*企

□命短し、恋せよ乙女。
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 五


いい具合に休憩を入れつつ進めていけば、1週間くらいで宿題の量も少なくなった。
始めは文句を言っていた竹谷だが今はそれも少ない。
真剣に読書感想文を埋めていく竹谷を見つつ、三郎はこの後のことを考える。

竹谷が思ったよりも真面目にこなしてくれたので、予想よりも良いスピードで進んでいる。
急がなくとも、このペースでやって行けば1週間も掛からずに夏休みの宿題は終わるだろう。
そうなると、三郎が夏休み中に竹谷に会える機会も自然と無くなる。


「うおっし!!読書感想文終わったーー!!」

ばっと両手を上げて叫んだ竹谷に、三郎は書き終わった感想文に軽く目を通して文法上におかしな所がないかチェックする。
特に変な所もなくOKを出せば、竹谷はよっしゃー!と素直に喜んだ。

「三郎!次は?数学の課題の残りだっけか?」

「いや。今日はここまでだ」

「え?!だいぶ早くねぇ??」

竹谷の灰色の瞳が部屋の時計へと向けられる。
そこはまだ二時を示していて、普段ならば後三時間は勉強を行っている。

「思ったよりも良い感じで進んでるからな。それに、鞭もあれば飴もやると言っただろう」

「?何かくれんのか?」

首を傾げる竹谷を可愛いなと見つつ、三郎は普段よりも優しめに笑みを描く。
ぱちりと竹谷の他人に比べると多い睫毛が瞬いた。

「今日は近くの神社で祭りがあるだろ。そこに行くぞ」

「連れてってくれんのか!?マジで!?三郎が?人混み凄いぞ??いいのか?」

「ああ」

「やったぁあああっ!!」

「おい、っちょ、…はちっ!!」

両手を挙げてありがとう三郎ーと言って抱きついてきた竹谷に流石の三郎も慌てた。
しかし竹谷はそんな三郎の動揺には気付かず、ぐりぐりと三郎の胸板に額を押し付けてくる。
と思ったら、いきなりばっと三郎から顔だけが離れた。
胸や体は密着したままである。

「あ、私浴衣の着付けできない!母さん今日帰ってくるの遅いって言ってた…!!」

「お前は…っ!はぁぁ…、ああもうっ!着付けなら私がしてやる!だから早く離れろ!!」

どうにかされたいのかお前は!という言葉は呑み込んで三郎が言えば、一瞬キョトンとした後三郎と視線が合えば、顔を真っ赤にして三郎から離れて行った。


悪ぃと顔を赤らめながら言った竹谷は、浴衣探してくると部屋を飛び出していった。
それを視線で追い、竹谷が見えなくなると大きくため息を吐いた。

「くっそ、…可愛いっ」

竹谷に負けず劣らず顔を赤く染めて、何かに耐えるように口元に手をやる。
竹谷の考えなしの行動と予想外の反応に、堪らない愛しさがこみあげてくる。
そしてこれは、三郎が男で竹谷が女だからの素直な反応だと思った。

竹谷に少しでも男として見られている事が嬉しく感じる。
前の竹谷は男同士というのもあったからか、本人が天然なのもあるからか、態度に示したところで全く気づかれなかった。
それどころか、雷蔵が好きなら仲を取り持とうか?とさえ笑顔で言われた時には流石の三郎も心が折れかけたりした。


今生で竹谷に会うまでは何度も後悔した。
自分が思いを伝えていれば、竹谷も、三郎も、また違った終わり方があったのではないのだろうか、と。
自分も、伝え聞いた竹谷の終わりも、決して幸せとは言えなかった。

そう思って後悔したからこそ、自分の過去を思い出した時、絶対に今度は思いを伝えるんだと決めた。
自分がいるのならきっと竹谷もいると、何の根拠もないがそう思っていた。
雷蔵と過去を確認しあって、尾浜と兵助と喜びあって、次は竹谷のはずだった。

けれども、この時代で初めてあった竹谷には、三郎と共有する過去を覚えてなかった。
雷蔵と共に技を磨いた過去を覚えていなかった。
兵助と互いに苦労を話し合った過去を覚えていなかった。
尾浜と一緒にふざけ合った過去を覚えていなかった。
級友と笑い合った過去を覚えていなかった。

落胆した。
悲しかった。
悔しかった。

三郎の落ち込んだ姿に、過去からの思いを知っていた三人が少しでも元気づけようと面白可笑しく騒ぎ立てた。
その様子に顔を上げれば、三郎の前で、懐かしくて大好きな、竹谷の笑顔があったのだ。

『あははは!!お前ら面白いなっ!!私、竹谷はちっていうんだ。これからよろしくな!』

それは変わらない笑顔だった。
竹谷に会ったら三郎が一番に見たい表情だった。
女になっていた、記憶のない竹谷だけど、それでも長い間三郎の会いたくて堪らない竹谷だった。


三郎は『竹谷はち』となった『竹谷八左ヱ門』に、その笑顔に、また、恋をしたのだ。






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