頂*捧*企
□命短し、恋せよ乙女。
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四
視界が反転して最初に目に見えたのは、三郎の静にでも確かに怒った顔だった。
「っ、三郎…?」
ぐっと近寄った顔に体を引かせたくとも、背中は床だし手首は固定されているしで逃げ場がない。
冷や汗を浮かべて、竹谷は先程から表情の動かない三郎の琥珀色の瞳を窺う。
「ほら、はち。解いてみせろよ」
「っ!!な、なに怒ってんだよっ!?」
訳が分からないと、三郎を睨みつける。
それを見た三郎の表情が笑みの形に動く。
「いやぁ、私はショックだよ。私ははちにはそれなりに女性の扱いをしてきたと思っていたんだが?」
「う。いや、…別に乱暴だったとかそういうんじゃなくて!あいつ等みたいに甘やかし過ぎないところが逆に好きっつーか!!」
慌てて言った竹谷の言葉に三郎の口が止まるので、それを覗き込みつつ言い募る。
「今まで通りがいいってか、そのっ、か、変わって欲しくなかったんだよ!三郎には!!」
竹谷の声に三郎の瞳が細まって、その瞳で見つめられた竹谷は言葉が止まってしまう。
どこか探る様な三郎の視線に耐えていれば、三郎に掴まれていた手首がな解放された。
起き上がって距離をおいた竹谷を三郎は追ってこなかった。
何かを考えるようにしている三郎に首を傾げ、動かない三郎に今度は恐る恐る近づくとその顔を覗き込む。
「おい?三郎…?」
どこか遠くを見るようにしていた三郎が竹谷の声に反応して琥珀色の瞳が竹谷へと向いた。
「…思い出したのか?」
「は?何を…?数式?」
「…………」
三郎の言葉にきょとんとし、夏休みの宿題の続きがと問い返せば呆れた視線を向けられた。
あからさまにがっかりとした三郎の溜め息に、ムッとして見返した。
「何だよその顔!!」
「いや、がっかりだなぁと」
「しみじみ言うなっ!」
再開させた数学の宿題を少しずつこなしていく。
竹谷が分からないところを聞けば三郎は細やかに教えてくれた。
他の教科の宿題の進度を見て溜め息を吐いている三郎を、竹谷はちらりと盗み見た。
思い出したか、と三郎は聞いた。
しかし、竹谷には宿題を除いて三郎に対して思い出さなければならない事はないはずだった。
でも確かに見たのだ。
竹谷の問い返しに、寂しげに陰る琥珀色を。
それは、三郎だけじゃない。
雷蔵にも、尾浜にも兵助にも、偶に竹谷へと向けられる視線だった。
自分は何か、彼等と大切な約束でもしたのではないか。
そう思ってしまうような、淡いけれど強い彼等の眼差しに竹谷も寂しくなるのだ。
「よし!決まったぞ、はち!」
「ぇ、は?何が!?」
ぼんやりと思考に耽っていた竹谷に三郎の意気込む声が聞こえて来た。
ぱちりと瞬きをした瞳を三郎へと向けると、ニヤリ、と余り良い予感のしない笑みが向けられていた。
「む、ムリヤリは良くないと思うぞっ…!!」
「ムリヤリやらなきゃやる気が起きないのにか?」
「ぐっ!」
「…まあ私も鬼じゃない。鞭があるならば飴もやろう」
首を振る竹谷を無視して三郎はよしよしと頷いている。
流石私優しい、とか聞こえてくるが竹谷には不安しか浮かばない。
「せめて雷蔵呼ぶとか!」
「甘やかされたくないんだろう?安心しろ、私はあいつ等みたいに甘くはしない」
「おほー…墓穴掘ったこれぇ…!!」
がんッとテーブルに額を着いて涙を浮かべる竹谷に三郎は変わらず笑みを浮かべたままだ。
次の日の朝から夕方までの予定を決められて、報酬に昼ご飯作るとまで約束してしまった。
口では嘆きながらも竹谷は、明日以降に続く長い夏休みが楽しみになってきた。
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