頂*捧*企

□命短し、恋せよ乙女。
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 三


カリカリとプリントに三郎が教えたやり方で数式を解いている竹谷を見やる。
省エネだとか言って竹谷が冷房をつけないので三郎もそれに付き合っているが、寒いのは苦手だが暑いのは苦に感じないから問題ない。
それは前世から変わらなかった。

寧ろ熱いのが苦手なのは竹谷の方らしく、額に汗を浮かべてプリントを睨みつけている。
式が分かったのか、ぱっと笑顔になって勢い良くプリントにシャーペンを走らせる。
その動きで、こめかみに浮かんでいた汗が、以前より女性的な丸みを帯びた頬を伝い落ちた。
そのまま視線を滑らせれば、これまた以前より大分細い首に汗が伝っていた。

「あっちぃ…。あ、三郎そこにあるタオル取ってくれ」

「…これか?」

プリントを見たまま額の汗を拭った竹谷の声に、三郎に近い場所にあった何かのキャラクターの書かれたハンドタオルを渡せば、やはりプリントから目を離さずにサンキューとの言葉を言ってきた。
額とこめかみ、顔にタオルを当てると、竹谷の手は首へと移り上下する。
ポニーテールを掻き上げて項の汗を拭う姿に三郎は目を細めた。



順調にプリントが埋められていく。
三郎が教え方が上手いのか、竹谷がやれば出来るのかは分からないが、忍術学園にいた時もしょっちゅう竹谷の部屋で勉強を教えた事があったのを思い出す。
その時も大層無防備だった。
懐かしくて、愛おしくて、口に笑みを浮かべていれば竹谷がおずおずと三郎を覗き込んできた。


「ちょっと、分かんないところあんだけど…」

「ん、ああ。どれだ?」

昔を懐かしんでいた事を隠して見れば、指で示された問題は少し応用を利かせたもので、いくつかヒントを与えれば教科書を見比べて式を書いていく。
少し遠回りではあるが間違ってはいないので三郎はそのまま続けさせた。

「しかしお前、これでよく中間と期末通ったな」

「ふふん!私には強い味方がいるんだよ!」

視線を三郎へと移して得意げに笑う竹谷に、三郎は眉間に皺を刻んだ。
三郎が過去の二回の大きなテストで頼られた覚えはない。

「誰に」

「…何怒ってんだよ。勘ちゃんだけど…」

不機嫌になった三郎に笑顔を引っ込めて戸惑ったように三郎を見ている。
そして何か勘違いをしたのか慌てて付け足してきた。

「ヤマを当てて貰っただけだぞ!後はちゃんと一夜漬けで覚えた!!」

「胸を張って言うことじゃないな」

「うぅ…。そりゃ兵助に英語単語と数式の出そうなとこ纏めて貰ったり、雷蔵に現代文対策でいくつか本を教えて貰ったりしたけどさー……やっぱり皆の勉強の邪魔だった?」

問い掛けてくる竹谷は眉を下げて頼りすぎだよなーと苦笑いしている。
雷蔵や他のクラスの2人にも頼っているのに、三郎には一度としてそんな事を頼みに来たことがなかったことが解せない。
それだけの人に頼るなら、いくらからかわれると分かっていても竹谷なら三郎にも聞いてくる筈だ。
三郎も、成績に関しては良い方だと自負していた。
だから直接竹谷へとそれをぶつければ、気まずそうに視線が逸らされた。
根気良く竹谷の応えを待てば視線は逸らされたまま、ぽつりと驚きの言葉を発した。


「だって、三郎は……私のことを女扱いしないだろ」

「はあ!?」

「あ、いや!悪い意味じゃなくて!」

慌てて手を振って付け足してくるが、三郎は納得がいかない。
前は男であったのは知ってるが、今生では竹谷が女であるのを一番喜んでいるのは三郎である。
でも三郎にとって竹谷は竹谷なので、確かに扱いが以前と余り変わらないところはあるが。

「あー…だってさ、あいつ等、…私のことすげぇ甘やかすじゃん」

不機嫌が顔に出ていた三郎に、ちらりと視線を向けつつ竹谷は言う。
甘やかす、と聞いて三郎は竹谷の言いたい事が分かり相槌を打つ。

「何か、俺に甘いってゆうか、末っ子みたいってゆうか」

うーんと考え込む竹谷はどの様に表現していいか分からないようだった。
でも三郎には彼等の気持ちが理解できる。

雷蔵も、兵助も、尾浜も、皆前世の記憶がある。
だからこそ、竹谷に会った時に竹谷だけ覚えていなかったことが悲しかった。
しかし覚えていなくても、竹谷が以前の竹谷と何ら変わりがない、優しくて責任感が強くて熱い人だったことが嬉しかった。

それに女の子に生まれていたことが、彼等には昔から放っておけなかった竹谷への過保護が更に加速する結果になったのだ。
三人にとっては、竹谷は妹か娘みたいに可愛くて仕方がないのだ。
だから三郎も彼等の心情は理解はできる。
しかし、三郎にとっての竹谷は三人とは違う。
前世から今まで、ずっと想い続けてきた愛しい存在だった。


「三郎はちゃんと俺のこと怒るし、ダメなものはダメって言うし、馬鹿だアホだってすぐ言うだろ?…そんなお前に、甘えて……し、」

「し?」

「や、何でもないっ!だからっ、えっと、お前には女って見られたくないんだっ!!」

「……へえ」

声のトーンが落ちたのが自分でも分かった。
それに竹谷が戸惑うような瞳を向けてくるが、三郎はそんな竹谷に向けて綺麗な笑みを向ける。
竹谷の表情が一瞬強ばった。

「ぅわっ!?」

ぐいっと手首を引っ張れば簡単に引き寄せることができて、それこそ女の華奢さを物語っている。
驚く竹谷の表情を視界に収めつつ、三郎は竹谷を床へと押し倒した。

「私に女に見られたくないなら足掻いてみせろよ。なぁ、はち」





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