頂*捧*企

□命短し、恋せよ乙女。
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 二


「久しぶりだな…ハチ」

そう言って嬉しそうに優しく笑った顔は、私の返事ですぐに崩れてしまった。
それ以来その表情をする三郎を見たことがない。







まだ早朝だというのに、太陽は容赦ない熱を撒き散らす。
空は雲がまばらにあるだけで、これは今日も一日中暑さが続くのだと思わせた。

「お姉ちゃん!ハンコちょうだいよ!!」

「お。悪ぃ悪ぃ!んじゃ、カード出してー」

くいくいと服の裾を掴まれていた見れば、小学校低学年ぐらいの男の子が竹谷を見上げていた。
手に持っていた『ラジオたいそうカード』にスタンプを押して少年に渡せば笑顔で礼を言って友達の方へ走って行く。
少年で列は最後だったので今日の竹谷の仕事はこれで終わりだ。

「はっちゃんお疲れ様ー。はい、これ!」

「お疲れ様です!ありがとうございます!」

町内会のよく知るおばさんにジュースを渡されて頭を下げる。
また明日もよろしくねーと言って解散したおばさん達に倣って竹谷も帰る。
朝の忙しい母に代わり、夏休みの最初の二週間ラジオ体操のスタンプ係として手伝っていた。





『たーけーやーさーん、遊っびーましょー』

「はあ?てか、何で私ん家知ってんだよ!?」

ラジオ体操から帰ってテレビを見ながらゴロゴロしていればチャイムが鳴った。
インターホンを覗き込めば、竹谷のクラスの委員長がお得意の笑みを浮かべて立っていたのだ。


「そんなの、委員長権限で担任に聞いたに決まってるだろう」

「私のプライバシー!!」

「『竹谷さんの家は両親共働で、一人でいる竹谷さんが夏休みの宿題をやるか心配ですね…』って憂い顔で言えば一発だったぞ。流石はち、宿題忘れの女王は信頼されているな」

「逆の意味でじゃねーかっ!!」

玄関先で繰り広げられる二人の会話に近所の人の視線が集まってくる。
竹谷は慌てて三郎を家に引き入れた。

「そんな訳で、私は先生にはちが宿題終わるまで見張るようにと頼まれたから。これからよろしく」

家に入るなりそんなことを言い出した三郎は、竹谷の勧めがなくとも勝手に靴を脱ぐと家の中に入っていってしまった。
ついでに、はちの部屋はどだー?との声も聞こえてきた。



「…予想どおり真っ白だな」

「だっ、だってまだ夏休み始まって3日だぞ!?まだ誰も手をつけてねーよ!!」

「私は昨日で殆ど終わった」

それを聞いて竹谷は驚愕の表情で三郎を見て、哀みへと変えた。
三郎へ近づくと、真っ白な課題ノートを見て今後の計画を立てていた琥珀色が竹谷に気付いて視線が合う。
竹谷が三郎の両肩を掴めば、琥珀色は驚きに揺れた。

「三郎、私達高校生だから…もっと遊んでもいいんだよ?」

「なんだその可哀想な者を見る目は!学生の本分は勉強だろう。それを疎かにしたら堂々と遊べないだろうが!」

「真面目なんだか不真面目なんだか分かんねぇよお前…」

竹谷が呆れてみせれば、やることやってたら周りは文句は言わないと続けてくるのを聞いて嘆息する。
三郎の世渡りの上手さを見た気がした。
だがそれも、器用で要領が良く、周りに敏感な三郎だからこそ出来る事で、竹谷は地道に頑張っていくしかないのだ。

ああ、まただ。

胸が苦しくてそこを押さえても痛みは引くどころが強くなった。
三郎にできて自分のできない事、三郎が持っていて自分の持っていないものにぶつけることの出来ない憤りを感じる。

これじゃダメ。
これじゃない!

これなら、前の方がよかった───


「ち──はち!おい、聞いてんのか!はち!!」

「ぇ、あ?何…だよ。近くでそんな大きな声出して」

「お前が立ったまま寝てるからだろ」

「寝てねぇよ!!ちょっと、あれだ!現実逃避してたんだっ!!」

三郎を睨みつけるように見れば呆れた視線が降ってくる。
流石に竹谷も無理があると思ったが、三郎はそれ以上何も言わないで竹谷の部屋の中心にあるテーブルに宿題一式を乗せると竹谷を手招きした。

「ほら、やるぞ。早く終わったらご褒美やるから」

一人で家にいて宿題に手をつける自信のない竹谷は少し考えた後肩を落とした。
これに乗れば、例年の夏休みより夏休みを全力で楽しめるだろう。

「はち、自由研究の課題は決めたのか?」

「ああ!『地域に生息するカブトムシとクワガタの外来種による個体数の変化と共存関係』について書こうかと思ってる」

「……なんで生物系は完璧なんだ」

呆れを通り越した視線に笑顔を返せば、手に持っていたノートでぽかりと叩かれた。
顔を逸らした三郎の耳は赤く、変わらないなと小さく言ったのを竹谷はどの宿題から取り掛かるかで頭を悩ませていた為に気づかなかった。





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