頂*捧*企

□命短し、恋せよ乙女。
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 一


やっと出会えたと思った。
今度こそ、と思った。
“前世の記憶”といわれるものを自分の中にあると認めた時、純然と沸き上がってくる思いは『会いたい』と、それだけだった。

なのに、なあ何故だ。
何故だ竹谷八左ヱ門、いや、竹谷はち。

何故お前は、私を覚えていない。


「まあそれでも、こんな鴨がネギを背負ってきたような状況、…私が逃すはずもないがな」

ぽつりと呟いた宣戦布告は、誰にも届くことはなかったが三郎の中に強く刻みつけられた。
前の席で今学期最後の担任の話をうつらうつらと聞いている淡黒色の髪の人物に不敵な笑みを向けた。
数百年前に思いを告げられなかった思い人が“女”になって目の前に現れたのだ。
こんな機会をみすみす逃してたまるものかと、誰も見ていないな事をいいことにまるで獲物を狙う獣のように琥珀色の瞳を細めた。





物心つく頃と同時期に夢を見るようになった。
室町ぐらいの時代で忍者の学校に入って級友達と一流の忍者を目指すものだった。
今の自分と同じ名前の“鉢屋三郎”という自他共に認める変装名人。
それが三郎の見る夢の主人公だった。

初めはただの夢だと思っていたが、従兄弟の雷蔵が出てきた事を雷蔵に話てみれば、雷蔵も同じような夢を見ると言った。
そして忍務で人を殺めた感触が、自分か怪我をした感触が苦しみと罪悪感と痛みを。
級友達と一緒にいるときの安らぎが、先輩といるときの頼もしさが、後輩といるときの穏やかさが、忍術学園にいるときの楽しさが、現代の三郎に懐かしく愛おし感じるのを認めてしまえば、自分の見る夢は三郎にとって“前世の記憶”であると認識するしかなかった。

穏やかで楽しいの忍びの授業から身の危険が多くなり自身を守り、相手を傷つける授業が主になる頃、過去の三郎はことある事にある人物を見たり構いだすようになる。
過去の三郎として夢を見つつ、三郎はその人物が過去の三郎にとって、そして夢として気持ちがシンクロする三郎にとっても大切な人物なのだと気付いた。

太陽のような笑みと、男気ある責任感と、そして屈託のない態度。
魅力が尽きない男の名は“竹谷八左ヱ門”、それが、今の三郎へと続く長い長い片思い相手の名前だった。


ただ、三郎が自分の気持ちを自覚するのにはかなりの時間を要した。
忍術学園で五年目に漸く自分の気持ちに気が付いたのだ。
それも房術の授業を共同で行った時であった。

竹谷が女役で三郎が男役。
予め決められていた役割に不服そうにしながらも、竹谷も授業というのは分かっいるからか文句は言わなかった。

その時の、普段の前を見据える瞳がとろけていることや赤くなって羞恥に震える姿に、授業とは関係のない三郎の心の芯の部分が歓喜と興奮に沸き立った。
授業だからこそ理性でコントロールして制御できる部分が自分自身の欲望と劣情を押さえ込むことが出来なかったのだ。

普段聞いたことのない声、見たことのない表情、縋ることを唯一許されている者に向けられる手、その全てが嬉しく、愛おしく、何より自分以外の他人に向けられたらと考えるとその相手に殺意が沸いてくることに、漸く自分の中の竹谷への気持ちに気が付いたのだ。
けれど、“鉢屋三郎”として“竹谷八左ヱ門”を抱くことが出来たのはその授業一回きりだった。






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