頂*捧*企

□命短し、恋せよ乙女。
10ページ/10ページ


 終



うつらうつらと頭を揺らす竹谷を抱き寄せれば体は三郎の方へと倒れて来る。
そのまますうすうと寝息を立て始めた竹谷の、前世に比べて気を使う様にはなったからか痛みの少ない髪へと頬を預ければふんわりと磯の香りがした。
その体制で目を瞑れば隣からくすりと笑い声が漏れて、閉じた目をまた開いて竹谷とは違う自分の反対側を見れば雷蔵が優しげに微笑んでいた。

「はしゃいでたものね、はち」

「何がそんなに嬉しかったんだか…」

「皆と海に来れたのがすっげぇ嬉しい!ってはちは言ってたよ」

にこりとその時を思い出したのか雷蔵が嬉しそうに笑うので三郎も柔らかく笑みを描く。
そんな三郎の正面で、ふふふとからかう様な吐息が零された。

「三郎も十分嬉しそうだったけどな」

「はっちゃんに負けないはしゃぎっぷりだったぞ」

思わず睨むように前を見れば、尾浜がにやにやと意地悪く笑い、兵助は本から顔を上げて真面目に告げてくる。
そういう二人も大層なはしゃぎっぷりで、特に尾浜なんかは監視員に注意を受けるほどであった。
まあ三郎も嬉しい気持ちが分からないでもないし、そして此処にいる級友以上に浮かれているのは自分でも理解していた。

何せ、ようやっと、竹谷が手に入ったのだから。
長い長い片想いが報われて両想いになれたのだから、少しぐらい羽目を外す事ぐらい黙認してほしいものだ。
二人が恋人になった事と竹谷が思い出した事を告げた時の二人の顔が見ものだったので三郎も怒るまでには至らないが。


「はちこのままじゃ風邪ひいちゃうから」

そう言って自分の鞄から雷蔵がブランケットを取り出して竹谷へと掛ける。
電車の中は効き過ぎる位に冷房が効いていて、特に露出の高い服を着ている竹谷は寒そうだった。
ブランケットを掛けられたことで竹谷の表情は緩んで笑っているようだ。

「幸せそうだねぇ」

「本当にね。はちが嬉しそうだと僕も嬉しいよ」

今度は揶揄う感じではなく微笑んだ尾浜の言葉に雷蔵も表情を崩して一人眠る竹谷を見る。
兵助も頷いて二人に倣う様に優しく竹谷を見ていた。
この三人が竹谷の記憶が戻るのを待ち望んでいた事は三郎もよく知っている。
だから全てを思い出して、前のように語り合えるのが嬉しくて堪らないのも分かる。
分かるのだが。

「おい、お前ら。はちは私のものだからな。あ、雷蔵は特別だから!寧ろはちと一緒にいる所とか天使だから!!女神だから!!」

「三郎煩い。はち起きちゃうでしょ」

「この五のろ厨が」

「恋人としてのはっちゃんは三郎のものかもしれないが、友人としては俺達も思ってもいい筈だ」

天使云々を華麗にスルーした雷蔵は笑顔に影を落としていて、尾浜は呆れたように三郎に半眼を向け、兵助は正論をぶつけてくるがそれでも独占したいものはしたいのだ。
三人の目の前でぎゅううと見せつけるように竹谷を抱き締めれば、三人は冷めた目で三郎を見てくる。

「ん…ぅ」

そんな雰囲気を壊すように三郎に抱き締めらていた竹谷が声を上げる。
苦しそうに眉根を寄せる姿に三郎が腕の力を緩めれば、ほっと力を抜いた竹谷がふにゃりと笑った。
それだけでも大きな破壊力であったのに、更に竹谷の攻撃は続く。

「三郎…大好きだぞぉ…」

もぞりと動いてからまた寝息を立てて寝始めた竹谷に、その場の空気は何とも言えないものとなった。
三人からの視線に耐えきれずに三郎は俯く。
揶揄いの色を含んだ視線を受けつつ三郎は自分の顔を抑えた。
熱く熱持った感覚が手のひらに伝わって来て、嫌でも自分の顔が赤くなっている事が分かってしまう。

「三郎顔赤いよー」

「煩いバ勘右衛門」

「はっちゃんが起きたら教えてあげよう」

「マジやめろ兵助」

「まあ、あれは照れるよねぇ」

「雷蔵ぉ!!」

面白そうに笑っている三人に言葉を返しても顔の熱は引かなくて、同じ高さにある竹谷の顔を見れば幸せそうに笑っていた。
それが無性に愛おしくて、照れるのを誤魔化すように竹谷の髪をくしゃくしゃと撫で回した。
でもその手つきは優しくて、竹谷の起きない程度の力であった。


「あーキスしたい…」

「ここ電車の中だから!!」

「寝ている相手に何しようとしてんの!?」

「俺達も注目浴びるだろやめろ三郎!」

ぽつりと漏らした三郎に三人が慌てて止めに入る。
なんやかんやと騒いでいれば、竹谷が目を擦って身を起こした。
すかさず竹谷の頬へと唇を落とせば、寝ぼけて状況の分かっていない竹谷が夕焼けに頬を染めて、三郎へとふわりと花が咲くような笑顔を見せた。





end
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ