孫富

□二人の時間
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二人の時間
孫富





教室を覗くと作兵衛が厚みのある冊子に筆を走らせていた。
あまりに集中して書き込んでいるので、孫兵は足音を忍ばせて近付く。
三年生のそれにしては上級生に劣らない技量であったが、作兵衛は気配に気づいた様で面を上げて孫兵へと視線を向けたのだった。


「お。珍しいな」


珍しいと言ったのは、孫兵が教室まで来た事なのか首に何時も居るジュンコが居ない事なのか。
見上げた顔は笑顔で先程の言葉の続きはなく、まだ掛かるんだと呟いて眉尻を下げると困った様に筆の角で頭を軽く掻いている。
孫兵は待つからいいよと言うと、机を挟み作兵衛の前へと腰を下ろした。


「今日って作兵衛が日直だったっけ?」

再び筆を走らせた冊子を覗き込むとそれは日誌で、孫兵の記憶では数日前に作兵衛は日直をやっていた。
こんな短期間に再度回ってくることは珍しい。
日誌から作兵衛へと視線を移すと気まずそうな視線とぶつかる。

「先生からの罰か何か?」

「ちっげぇよ!!」

即行で返事はあったものの、作兵衛は口をもごもごとさせて言い辛そうに言葉を濁している。
それに小さく溜め息を吐いた孫兵は口を開く。

「じゃあ、左門か三之助の代わり?」

「う゛」

その後も、あーだのうーだの唸ったが勘弁したように頷いて項垂れた。
今日は珍しくも孫兵の委員会はなくて、作兵衛の委員会もなかったので何をする訳でもないが孫兵の部屋でのんびりしようと話していた。
放課になり、暫く待ってみても部屋に来る気配がないので作兵衛を探しに来た孫兵に申し訳なっているのだろう、と孫兵は作兵衛の旋毛を見つめながら考える。

「で、あの二人は?」

「校外実習で迷子になった後、組の皆で探し出したのが委員会開始ぎりぎりの時間帯で、そのまま行っちまった……」

視線を横に向けて小さく話した作兵衛は、そっと此方を窺ってきた。
その瞳が怒ってるかと問い掛けてくるが、孫兵はそれとは正反対に整った顔に笑顔を浮かべる。
怖々としていた表情に疑問を浮かべた作兵衛が笑顔の孫兵に見入っていると、薄く赤い唇から言葉が漏れた。


「上目づかいも可愛いね」

「はぁ…?」

呆けた顔をする作兵衛を置き去りに、孫兵は満足したように作兵衛の頭を撫でる。
作兵衛にしたら、折角の二人きりの時間を削られて怒られるんじゃないかと思っていたようだが、孫兵には特に問題はなかった。
確かに、ジュンコを飼育小屋に預けてまで二人の時間を作ったのに左門と三之助に寄って少しは削られたが、孫兵にとっての左門と三之助の認識は最早作兵衛の付属品として考えていたし、二人による行為の被害が作兵衛に関わってくるのはもう諦めている。

寧ろ何時もなら見れない教室での作兵衛を見ることができ、更には上目づかいも見ることができたのだから怒るも何もなかったのだ。
それに、二人で居ることには変わりはないのだ。
一頻り作兵衛の形のいい頭を撫でて満足するとその手を離し、作兵衛が顔を上げる頃には孫兵の表情も普段のそれと変わらないものになっていた。
ただ瞳には嬉しそうな光が彩っていた。






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