鉢竹

□不器用な彼ら
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「「え」」

見事に被った二人の声に相手は申し訳なさそうにしながら、先程発した自分の言葉を繰り返した。


「申し訳ありませんが本日はこの町で祭がありまして、宿が一杯で残りは一部屋だけなんです」

そうして二人の顔を交互に見る宿の主人に、三郎は大きな溜め息を吐いたのを聞いて竹谷も主人と同じ顔で三郎を見遣る。
竹谷は同じ部屋でも構わないのだが、秘密主義者である三郎は自分の空間に余り人を入れたがらない。
こうなったら俺は野宿で!と決意を固めていたら、三郎が主人の前にあった記帳へと二人分の名前を書いた。
勿論、偽名ではあるが。


流麗な文字を目でなぞって見ていた竹谷は呆然としていた腕を取られて、引きづられるように三郎に連れて行かれる。
宿屋の主人から大分遠ざかったのを確認すると竹谷は三郎へと話し掛けた。

「いいのか?」

「一日ぐらい問題無い」

部屋の上の番号を確認し、戸を開けて三郎が先に部屋に入るのに続くと簡素な部屋が広がっていた。
二人で寝るには十分な広さなので、荷物を下ろして腰を落ち着ける。
布団の場所や押入れを確認して部屋の中へと視線を戻すと、三郎の顔が美女から雷蔵のそれへと変わっていて、服も男物になっている。
竹谷は三郎へと近寄り雷蔵の顔に自分の顔を寄せるとまじまじと覗きこんだ。


「…なんだ、ハチ」

「んー。やっぱこっちの方が三郎って感じすんな〜、と思って」

「雷蔵の顔だけどな。こっちの方が落ち着く。部屋の中ぐらいいいだろ」

「…そうだな。俺もこっちの方が落ち着くな」

「雷蔵と居るみたいで、か?」

雷蔵の顔でにやりと笑みを浮かべるのを間近で見て、竹谷は漸く三郎から顔を離した。
そもそも、雷蔵がにやりとは笑わないのは三郎にも分かっていて態と似せていないだろうに何故それで雷蔵と居るみたいと聞いてくるのか。
首を捻る竹谷に、三郎はそれを見ながらも話しを続けてくる。


「ハチは私より、雷蔵と居る方が落ち着くんだろう」

「は?」

「私には余り近付かないし、頼み事はまず雷蔵からだろ」

「それはお前の日頃の行いを考えれば分かるだろうが!」

竹谷の突っ込みに黙り込んだ三郎は、どこか影を落とした瞳で立ち上がって今度は三郎が竹谷を覗き込む。


「ハチ、真面目に答えてくれ。私と雷蔵、どっちと一緒に居る方が落ち着く?」


真剣な顔で問うてきた三郎に、やや引き腰になっていた体勢を立て直して正座をする。
竹谷が真剣に問われたなら真剣に答えなければならないと考える間も、三郎の視線は竹谷から視線を外す事はなく強い視線を感じていた。

そうして、やっと導き出した答えを三郎に答えるべく三郎の視線と目を合わせる。


「俺は、雷蔵と居ると落ち着く」

「……そうか」

「だって、三郎と居ると…」


「私と居ると?」




「胸がもやもやして落ち着かないっ」








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