鉢竹
□触れることを厳しく禁ずる。
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ハチが『触れるな』と言って一週間。
その明確な意味が分かった。
触れるな、とは、情欲を持ってハチに触れるなということ。
普段連れて行くために手を握ったり肩を叩いたり、肩を抱いたり腕を組んだりとかふざけてじゃれ合う時とかは咎められない。
ただ少しでも、可愛いとか愛しいとかそういった感情に動かされる行動は避けられたり離されたり逃げられたりする。
つまり、禁欲状態だった。
「すごいねぇハチは」
「何が!?」
雷蔵の言葉にさえ険のある答え方になってしまった私に、雷蔵は何時もの笑顔を私に向けながらお決まりのまあまあという言葉を言う。
「だって、三郎がハチにどういう感情を今抱いているのか分かってるって事でしょ?よく見てるよね〜」
「ふん。そんなの分かるものか!奴の場合は勘だ勘!!」
廊下の縁に雷蔵と二人腰を下ろして、生物委員会で飼っている犬と戯れているハチを目で追う。
何故私に触れないのに笑顔でいられるのだ。
苛々として小さく足を揺らしていると雷蔵に頭をこつんと叩かれた。
「そんな顔してハチを見ないの!また逃げられちゃうよ?それと、貧乏揺すりやめなさい」
「……私は悪くないっ。ハチが!!」
お母さんみたいな台詞を言う雷蔵の冗談にも付き合えない程余裕がなくなっている私はついに雷蔵に突っ掛かってしまった。
これで雷蔵に嫌われたら全部ハチのせいだ。
まあこんな事で雷蔵が人を嫌いにならないのは、一番近くにいる私が分かっているし、だからこそ何でも言える全幅の信頼を置いているのだ。
そうして予想通り、雷蔵は困った様に笑みを浮かべるとよしよしと私の頭を撫でてくれた。
私はそれに甘えることにした。
「らいぞ〜。私、ハチに嫌われたのかなぁ」
「おや。鉢屋三郎とあろう者が弱気な発言とは珍しい」
「だって……そういう意味で触れて欲しくないってことだろう」
「でもハチは三郎のこと好きだよね、特別な意味で」
分かってるでしょうと言葉で言わないまでも微笑まれてそれに頷き返して、犬に夢中のハチに目を向ける。
雷蔵の言う通り、ハチの気持ちが私から変わった訳ではないのはハチの瞳を見ていれば分かるし、今は余り表には出さないが行動にも滲み出ている。
「ハチが私に惚れている事には変わりはないのは分かるんだがな、それでも触れられないのはきつい」
「うわー凄い自信」
「よく恥ずかしげもなく口に出せるな」
私の言葉に返事をしたのは雷蔵ではなく廊下を歩いてくる二人組。
「何の用だい組」
「こら三郎!ごめんね兵助、勘右衛門。今三郎気が立ってて…」
雷蔵に問題無いと手を振る兵助と勘右衛門を睨むが、そんな私はお構いなしに二人は雷蔵の隣へと座ってしまう。
雷蔵は二人に、傍にあった急須と湯飲みを取り出して茶を出している。
「そんな奴らに茶なんぞやらんでいい雷蔵。こいつ等私の状態を面白がって色々してくれやがったんだからな!」
「人聞き悪いなー」
「普段の行いの賜物だろう」
「色々?」
「そう色々!兵助はハチの部屋でくっ付きながら勉強教えてにやにや笑ってくるし、勘右衛門はハチが委員会がない時に学級委員会に連れて来て茶や茶菓子を出してハチを釣って私の目の前でべたべたとするし!ハチは私のものなのに!!」
ハチに触れない苛々を全て吐き出すように二人に文句を述べてやると、怒るかと思った二人はその正反対ににやにやとした笑みを私に向けてきた。
「三郎独占欲強すぎ」
「そんなんだから八左ヱ門にお触り禁止にされるんだよ」
「五月蠅いい組」
私が自分を晒して感情を露わにしているのが面白くて仕方がないといった風に絡んでくるい組二人に再度一瞥をくれて、ハチの方を見ると兵助と勘右衛門が居ることに気付いたのか此方へと近付いてくる姿が見えた。
兵助と勘右衛門に向かって手を振りながら笑顔を向けるのを見て、自分の中の何かが切れた気がした。
「三郎?変なこと考えてないよね?」
心配そうに覗きこんでくる雷蔵に笑顔を向けるが、逆に引かれてしまった。
横で勘右衛門が煽り過ぎたかと呟き兵助も雷蔵と同じ顔をして、心配そうにハチへと視線を向けたのを尻目に私は雷蔵がいつも浮かべている笑顔でハチを迎えた。
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