鉢竹
□躊躇い無く触れて
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寝ているハチを見本に、変装用の顔を作っていくがどうも上手くいかない。
生きていない、とでも言うのか、本来のあの明朗活発なハチを表せていないようなのだ。
何が違うのかと、作った顔を被り鏡で自分とハチを見比べてみるが分からなかった。
これでは、一、二度ハチに会った者は騙せるが学園内ではきっと簡単に見破られてしまう。
幾ら私でもその人の全てを装う事は出来ないとは分かってはいるが、身近で毎日見て話して過ごしている者に為り切れないというのはかなりの衝撃だ。
試しにと、何時もの雷蔵から兵助、勘右衛門、木下先生、しんべヱ、水軍の方々と変装してみるが、自分でも褒めたくなるほどの出来である。
では何故出来ないんだとぶつぶつ呟きながら、ハチの顔に改良を加えていく。
「……おれ?」
ぽつんと零れた言葉に後ろを振り返ると、起き上がったハチと目が合う。
第三者から見たら、同じ顔の二人が見つめ合っている様子に見えるのだろうなと頭の片隅で思った。
否、私は竹谷八左ヱ門に為り切れてはいない。
「なあハチ。何が駄目なんだと思う?」
顔を雷蔵に戻して尋ねるが、ハチは数回瞬きをすると首を傾げる。
「駄目な所なんて無いだろ?完璧に俺だったじゃねぇか」
「けど違うっ!」
語気を荒めた事に私ははっとする。
情けない、自分の力不足をハチに八つ当たりするなんて。
項垂れている私にハチはそっと傍に寄って来た。
「なあ。俺には何が違うか分からないけど、三郎が満足するまで手伝うよ」
そう言って笑ったハチに私はじゃあ、と言葉を区切る。
「触らせて」
きょとんとしたのは一瞬で、分かったと言うとハチは目を瞑って顔を差し出す。
それにごくりと唾を飲み込んで、変な緊張感が漂う。
手を伸ばして頬に触れる。
この感触はきちんと再現できていた、では鼻はどうか。
鼻に触れ、それも再現できている。
瞼、眉毛、額と触れていくが、私の作った顔と別段違った所はない。
敢えて言うなら、此方は血が通っていて温かい。
唇に触れると、ハチの口から吐息が漏れる。
それにくすぐったくなって一瞬指を離すが、再度触れてその感触を確認する。
やはり同じだ。
手を離すと、もういいのか?と聞いて来るのをああと言って返す。
それにハチが目を開けるとその瞳に尋ねた。
「ハチから見て、私と雷蔵は違うか?」
「違う」
即答された答えに更に何が違うのかと問う。
すっと差し出された手は、私の頬に触れた。
「三郎はな、どこか寂しそうなんだ」
一度区切って頬から手を離すと今度は抱きしめられる。
「だから傍に居てやりたいって思う」
そう言って背を撫でるハチは笑っているようだった。
触れられて分かった
私は悟られたくなかったのだ
寂しさも、哀しさも、自分の弱いところ全てを
私は悟りたくなかったのだ
何故ハチにだけ為れないのかを
私は悟りたかったのだ
ハチが私をどう思っているかを
私がハチをどう思っているかを
その思いを知ってしまっては、贔屓目にみて装えないから。
大分前から気付いていたのに、私は気付いていなかった。
「ハチ」
「んー?」
「もう一回触っていいか?」
「おう」
躊躇い無く触れた手と同じく躊躇い無く閉じられた瞼。
私はその瞼にそっと触れる。
唇に感じる温かい感触は一瞬だけ。
閉じていた瞼を開けると、目を大きく開いて頬を熟れさせたハチが居た。
end
→あとがき
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