るろうに剣心

□狼の瞳に映る(藤田五郎〔斉藤一〕/微甘?)
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 茫然自失って、こんな感じなんだ――って。ぺたりと座りこんだまま、頭の隅でぼんやりと考えた自分がいた。
 ……当事者は自分なのにね。
 本当に酷い事をされる直前だったけど、危ないところで助けられた。とはいえ、お気に入りだった黄色の着物はあちこち切り刻まれてしまった上に土まみれ、零れた素肌の上には傷や痣が多分目立つ。顔は傷付けられずに済んだけど、どちらにしろ止まらない涙で見られたものではないと思う。

「女、無事か」

 冷徹な声音は、私の耳に余韻を残した。
 暴れながらも引きずられていく男を無感情に眺めていた私の視界は、髪を後ろに撫で付けた長身の警官に遮られた。まるで操り人形のようにゆっくりと顔を持ち上げる間に、男は素早く制服の上着を脱いでいた。傍に片膝を付いたと思ったら、その人は私の両肩に青色のそれをまとわせてくれる。

「あ……」

 制服に残った体温と少しの煙草の香りは、肌を伝って私の体を静かに包んだ。まるで抱きしめられているような感覚に安堵した私は、新しい涙をまたぽろぽろと溢れさせてしまっていた。相手は、今日初めて会ったばかりの名前も知らない人なのに。
 口を開くと嗚咽に変わってしまいそうだったから、私はこくりと首を縦に振った。

「もう泣くな」

 無愛想で、ぶっきらぼう。だけど、手袋から抜いた彼の左手は、頬を包むように私の涙を拭ってくれた。
 なんとか“ありがとう”を伝えようとして、視線を真正面から繋いだ瞬間だった。

「……っ!」

狼のような鋭い金の瞳に心を奪われて、私は小さく瞠目した。胸倉どころか心臓を掴まれて力任せに引き寄せられたかのような衝撃は、急激に頬へと集まりだした熱がその正体を私に知らしめていた。
 息を飲んだ私の唇が、無意識に言葉を紡いでいた。

「き、れい……」
「……面白い事をいうヤツだ」

 これ以上の深入りはまずいと頭では判っていても、快楽にずるりずるりと引きずられだす自分を抑えることができなくなり始めていた。
 長い長い時間に感じられた数舜の間に、瞳を揺らしたのはどちらからだっただろう

「警部補! 藤田警部補!」

 他の警官に呼ばれて、藤田は何事もなかったかのように立ち上がった。だけど彼が踵を返す直前、白手袋の優しい掌は少しの間だけ私の頭に乗った。
 私の涙は、もう止まっていた。

「藤田、警部補……」

 次に遇えるのはいつになるだろうかと、私は、黒シャツ姿になってしまった彼の背中を眺めていた。



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