季節のお料理
□いちご味。(門田京平×狩沢絵理華/甘々)
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珍しく、運転席と後部座席の片側が空席のままだった。やたらと静かなワゴンの中で、ふと、ポリポリとお菓子をかじる音が止んだ。
「ねー、ドタチン」
することもなく、暫くは大人しくしていたらしい狩沢だったが、流石に暇でしょうがなくなったらしい。何やら思いついた様子で彼女が呼び掛ければ、助手席のあたりからパラリと紙をめくる音が聞こえた。
「……なんだ?」
多少面倒そうに応えた門田だったが、右肩あたりにくっついた気配に、漸く本から視線を上げた。
「今日、何の日か知ってるー?」
門田の記憶が正しければ、電池の日、コンセントの日、鉛筆の日などと、今日は両手では足りない程の記念日が設定されていた筈だった。だが、狩沢が先程までつまんでいた物を知っていた門田には、彼女が期待する回答に大方見当が付いていた。
……嫌な予感しかしない。しかし、門田は、栞を挟んだ文庫本をぱたんと閉じた。
「……ポッキーの日か?」
「あったりー」
席から立った狩沢が、助手席と運転席の間からひょっこり顔を出す。門田がちらりと視線をやれば、その表情は悪戯を見つけた子供のように楽しそうだ。
「どうした? 狩沢」
狩沢は手にしていたポッキーを何気なく口に咥えた。そのままにぱっと笑った狩沢を見つめた門田に、彼女は当たり前の如くその先を向けた。
流石の門田も、一瞬、上手く反応を返せずに固まった。
「ほらほら」
「……あのな、狩沢」
「んー?」
無防備なままの狩沢は、門田をからかうようにピョコピョコとポッキーを動かして見せる。軽い頭痛に頭を抱えた門田だったが、狩沢のしたり顔には、本人も気付かぬ内に彼の悪戯心を煽られていたようだ。
門田は、小さく溜息をついた。
「狩沢」
「ふぇ?」
門田の唇が、にやりと弧を描く。
「……動くなよ」
不意に伸びた門田の指先が、妙な声を上げてしまった狩沢の細い顎先を捕まえる。一瞬の間さえ置かずに、門田は彼女へ顔を近づけた。
「ドタ……っ」
ポッキーを伝って、門田の唇が一息に狩沢の唇へと近づく。逃げ場を失った狩沢が思わず目を瞑れば、触れるか触れないかの危うい位置でパキリと聞こえる乾いた音。
「……反則」
赤い顔でぽすんと後部座席に沈んだ狩沢は、一口大になってしまったポッキーを辛うじて飲み込んだ。そして、また本を開いた門田にぼそりと感想をもらしたのだった。
2013001057
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書いてから上げるまで、一年程熟成させてしまっていた代物です。
お目見えさせることができ、本当に良かった★(白ウサギ)