VitaminX
□Sosutenuto Love
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※悲恋風味。
「よく頑張ったね」
あの人の大きな手が私の頭を優しく撫でる。
鳶色の瞳が私に向けられるたびに、私はうれしく思うと同時に、また少し傷ついた。
彼は私を優しい瞳で見てくれるけれど、それは私が彼に向けている瞳とは似ているようで異なったものだと気付かされるからだ。
「君は本当に誇れる生徒だよ」
「…、ありがとうございます」
ほら、また少し傷ついた。
Sosutenuto Love
なつかしい夢を見た。
私が高校生だった頃の夢だ。
「……。」
夢なのだから、目を覚ませばあの人はいなくなる。
たまにあの人は私の夢に出てきて、私の心をしめつける。
苦しくて、苦しくて。
会いたくて、会えなくて。
まだ好きで、愛しくて。
泣きたくなる。
「先生!」
勉強だったりスポーツだったり、何かがんばったことがあれば私はあの人の所へかけていく。
ほめてもらいたくて、嬉しそうな笑顔が見たくて私は職員室へ続く道のりが楽しみで仕方なかった。
あの頃の私は純粋にそう思っていて、あの人と話ができるだけで幸せだった。
でも人とは欲深いもので、心が満たされたものならさらに求めてしまうものだ。
私の心のなかであの人が、"先生"から"愛しい人"に変わるのは時間の問題だった。
「先生、好きです」
いつだったか、心の許容量を超えてあふれだしてしまった想いが口をついてでたことがあった。
あわてて口をつぐんだ私に、あの人はぽかんとあっけにとられたあと、嬉しそうに笑っていつものように私の頭をなでた。
「ありがとう」
その言葉に私は笑顔で返したが、内心大声をあげて泣き出してしまいそうだったことを、あの人はきっと知らないだろう。
ありがとう、だって。
子供にするみたいに頭を撫でて、ありがとうだって。
私が欲しいのはその言葉じゃないよ、先生。
職員室を出てから、私はそっと唇をかみしめた。
そうか、私がどんなにあの人を想っていても、この恋が叶うことはないんだ。
あの人にとって、私はひとりの生徒にすぎないのだから。
それなら、私にとって、あの人が"先生"のままでいてくれたのならどんなによかったことか。
障害のある恋ほど燃え上がるだなんて、そんなのお話のなかだけの出来事なのだと思い知らされた。
現実はこんなにも、つらい。
その一件以来、私はあの人のところへ行かなくなった。
会いたい、話したい。
でもまた悲しくなってしまうだろうから、あの人の前で泣き顔なんて見せられないから、私は行くのをやめた。
このジレンマが苦しくて、どうにもできなくて、恋に幼かった私はあの人への気持ちに蓋をするしかなかったのだった。
そのあとからは早かった。だんだん疎遠になって、やがて迎えた卒業式。形式通りに進んで、形式通りに終わる。
この式を境に私はもうこの学園の生徒ではない。
私とあの人をつなぐ師弟関係という糸は切れてしまう。
明日から、私とあの人は他人同士だ。
口々に先生と生徒たちが話しているなか、最後にそっとあの人を見る。
私の視線に気づいたらしいあの人は、いつもの柔和な笑顔を浮かべながら、卒業おめでとうと私に言った。
私の淡い初恋が胸に秘めたままあっけなく終わった瞬間だった。
あの人は今、どこで何をしているんだろう。
あれから5年。
今でもたまにそんなことを考える。
あの人の夢を見た日にはなおさらだ。
あの人が今どこで何をしているかなんて、私には確かめるすべがないから、答えなんて見つからないんだけど。
なんて苦笑して、いつもその思考を終わらせる。
5年経った今でも、街なかであの人に似た人を見かけたり、楽器屋さんやホールなんかでピアノの音を聴いたりすると、たまにどうしようもなく切ない気持ちになる。
でも、そんな私が今となってはあの人と同じ教師になっているのだから、皮肉なものだ。
あの人を思い出すと今でも少し胸が痛くなる。
その痛みを隠して、私は今日も生徒たちの前に立つ。
5年前にあの人が立っていた場所。
私が見つめていた場所。
私がもっと早く生まれていれば、
あの人がもっと遅く生まれていれば、
私が生徒じゃなかったら、
あの人が先生じゃなかったら、
今とは違う未来が待っていたのだろうか。
辛くて悲しくて胸が痛い、こんな未来じゃなくて、もっと幸せな…、
そこで、視界が滲む。
小さな水滴が落ちる。
伝えたかった想いに蓋をして、
言えなかった言葉を噛み締めて、
叶わない祈りを抱いて、
あの頃みたいに、
私はまたあの人を想って、泣いた。
この気持ちはいけなかったのかな
(ごめんね先生だいすき)
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久々の悲恋。あの人視点もまた書きたいです。