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□トラウマガール、あらわる
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自由ヶ森大学。軽音部。

みなさんこんにちは。この部の副部長にして、不本意ながらも苦労人ポジションが定位置化してきたギタリスト・沖王太郎です。

突然ですが、僕は一枚の書類を前に頭を抱えている今現在です。






トラウマガール、あらわる







以前所属していたバンドメンバーとの考えの違いに悩んでいた僕が変わるきっかけとなった出来事。その発端は目の前でドラムを叩いているこの部の部長である、馬場陽平先輩によってもたらされた。

しかし、いま僕が頭を抱えているこの問題も彼によってもたらされたと言える。


昔の思い出話にふけっていた矢先、春の風によって部室の床一面に散らばってしまったスコアの中から現れたその書類は、和んでいた僕らの顔をひきつらせるには十分なものだった。



部活動届。



まさか、と嫌な汗が流れるのを感じながらも僕は部活動規約をあわててめくり、そこに書かれてある文字に視線を走らせる。



・部活動の存続には部員5名以上の署名が必要

・提出期限厳守。なおこの提出期限に遅れた場合は、前年度の部活の功績に関わらず、今年度の部費の削減、部室の割り当てはなしとする。



この規約内容を見た瞬間、めまいがした。

軽音部の部員は今現在、僕と先輩の2人。少なくともあと3人の署名が必要である。

たくさん集まっていた入部希望者の女の子たちも、先輩が「未経験者ばかりこんなに集めてどうすんだ!お前が女ばかりホイホイ入部希望者をつれてくるのが悪い!モテすぎるのが悪い!」とひがみとも言いがかりとも取れる、理解不能・支離滅裂な理由で全員追っ払ってしまい、新たな部員を募るには絶望的。

その絶望の発端を招いた張本人である先輩が、お前の友達を適当に捕まえて署名させろと提案したが…、できるわけがない。

先輩が持ってくるトラブルの処理に終われている僕を見て、友人たちは口を揃えて言うのだ。



軽音部には関わりたくない、と。



そんな状況下のなか、さらなる制約が降りかかる。


二つ目の提出期限だ。


ああ、その"提出期限"がいつかって?




3 日 後 な ん で す 。




このときほど先輩のことを恨んだことはない。


あと3日で新入部員を集めろって?そんなの誰が考えたって無理に決まってる。


何か良い手はないだろうか。何か、何か…。




―――コンコン。



……。




ん?




先輩と思わず咄嗟に顔を見合わせる。


黙りこくって、二人して耳を澄ませる。



無音。静寂。




「……あー、なーんか花見で調子のって飲み過ぎたみたいだな、俺ー」

「だから、飲み過ぎないでくださいねって始めに注意したじゃないですか」

「あんだよー、お前はアレか?お前は俺の母親―…、」




―――コンコン。




また部室に緊張が走る。



………。



幻聴、なんかじゃない!




「お、おおお沖、これはもしかしてアレだよな!?ちょ、おい、こんなおいしい展開があって良いのか!?なぁ、おい!」

「ええ、もしかしてのアレかもしれません…!どうします?いまの僕ならなしくずし的に入部させることも可能ですがかまいませんね!?」




答える暇など与えずに一息で確認じみた問いかけをする。

そして返事を待たずしてすかさず扉へダッシュ。

お前その聞き方アレか?ナランチャを連れてきたフーゴがブチャラティにこいつにスパゲティを食わせてやってかまいませんね!って聞くあのシーンのアレだろ!

ハッと我にかえって、そう叫ぶ隠れオタクの言葉は無視だ無視。ていうか、先輩、隠せてませんよ。

そんなツッコミをしながら、ガラリと開いた扉の向こうにいたのは、



ギターなんてさわったことがない茶髪ボブヘアな黄色ヘアピン天然少女。





なんてことはなく、




そこにいたのは、部屋の中の人間が勢いよく出てきたにもかかわらず、まったく顔色を変えずにたたずむクールビューティーな女の子。

そして、瞳を丸くする僕をまじまじと見つめたかと思うと、彼女は一言。




「いたのなら早く出てきてください」




――軽音部はノロマの集まりですか?

無表情で口だけを動かしてそうのたまった。



思わず口をあけて固まる。後ろの先輩の言葉もピタリと止まった。

目の前の少女はこちらを見つめるばかり。




ん?



んんん?



……いや、いやいや。



今のは幻聴だ。そうだ。そうに決まってる。



だって、こんな可愛らしい女の子が会ったばかりの僕たちにそんなこと言うわけn「私の言ってること聞こえてますか?その耳は飾りなんですか?」

またもや部屋の空気がびしりと凍る。

な、なんだ、この子は。なぜ初対面である僕たちに衝撃とトラウマを植え付けていくんだろう。

なしくずし的に入部させるミッションが一気に難易度をあげたのがわかった。

こんな怖い鉄壁少女を入部させることなんてできるのだろうか。

漠然とした不安を感じながら、笑みをひきつらせる僕。

そんな僕の隣に、同じく後ろで固まっていただろう先輩がつかつかとやってきた。

先輩は僕の肩に自らの腕を乗せて、寄りかかりながら目の前の彼女を見る。




「お前なあ、さっきから聞いてりゃなんだそのクチのききかた!」




初対面の、しかも年上相手に失礼だろ!

先輩が彼女の眼前に指を突き付けながら物申す。

おお!先輩が珍しく正論を言っている!

だが、目の前の鉄壁少女は動じない。



「少し早く生まれたことがそんなに偉いんですか?」




だとしたら世も末ですね。だって、人に指をさすようなこんな人が私より偉いわけないもの。

まぁ…、意気がってつっかかってくるあなたみたいな人ほど、留年したり、まわりの人に迷惑をかけるトラブルメーカーだったりするのが、世の中のおもしろいところでもありますけd「もうやめて!ライフはゼロよ!!!!」




先輩が半泣きで叫ぶ。

彼女の口から飛び出した言葉が先輩の心をズタズタに傷つけていく。

だが最後の言葉に関しては僕は何もフォローできそうにない。事実、先輩は留年し、現に僕を困らせているトラブルメーカーなのだから。




「なにこの女!エスパー!?ちょ、沖!お前からもなんとか言ってやれ!」

「…僕には何もフォローできません」

「は、薄情者おおおお!」

「ああ、やはり当たりでしたか。
だ ろ う と 思 い ま し た 」

「さ、さらに追い討ちをかけるか、トラウマ生産ガールめ…!」




泣きついて僕の後ろに隠れた先輩は、鉄壁少女の遠距離精神攻撃に苦しんでいる。

防ぐこともできず、この場から逃げ出しでもしないかぎり心の平穏を守れないあたり、最強すぎる攻撃だ。

先輩は立ち直るまでに時間がかかりそうだ。

そう判断した僕は、できるだけ穏便に、神経を逆撫でしないよう、おずおずと話しかける。




「そ、それで何か用があったんじゃないの?」

「ああ、そうでした」




うなずいた彼女はおもむろに上着のポケットを漁る。

そして一枚の紙を取り出したかと思えば、それをきれいに広げて僕に差し出した。

え?と僕が疑問符を浮かべるより早く、彼女はまっすぐな声で言った。




「私、軽音部に入部します」





…僕の後ろで、先輩が声ならない声をあげた。





受難、スタート
(おおおお沖!俺は退部する…!)
(部長が何言ってるんですか…!)



‐‐‐
つづく。笑

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