『恋樹』


□08・ニガテ
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朝、目が覚めると体が重かった。
それに寒気がするし、鼻水がでる。



もしかして・・・・。



体温計で測ったら38.3度。

・・・大阪に来て初めての風邪だった。












朝、いつもある『おはよう』の一言が無いから心配やった。

隣に居る謙也にその事を話してみる。

「謙也、如月さん来へんな」
「あぁ、さっき連絡あったで?風邪だから休むって」
「えっ?」
「何や?連絡なかったんか?」
「・・・連絡先・・交換してへんかった」


その事に今気づく。


毎日話しとる仲なのに、
マネージャーと部長って関係なのに

俺は・・・如月さんの事、まったく知らへん。


何型なのかも、いつ誕生日なんかも、好きな食べ物も・・・。


それに風邪って聞いて、きっと慣れへん生活とマネージャーの仕事で大変やったんやろうなぁって考える。



どうして昨日体調が悪そうなこと気づいてあげられへんかったんやろ?


って悔しい気持ちと



どうして頼ってくれへんのやろ?



って気持ちが心の中にあった。




「白石、夕歌に返事するから何か言いたい事あったら、メール打ってええよ」

と謙也が俺の前に携帯を突き出す。

謙也の思わぬ行動に耳を疑ってしもうた。

「ええんか?」
「言わんと白石、心配し過ぎて授業集中できんやろ?」

確かに気になって、先生の話なんて耳に入らんかもしれん。
そう思って謙也から携帯を受け取る。

何て打てばええんやろ・・?

そう考えて俺が打ったのは、いたって普通の文章やった。











「あっ!謙也君からメールだ」

ベットで横になっていると受信があることに気づく。
携帯を開くと謙也君からのメールだっていうのに、謙也君のメッセージだけじゃなくて、白石君のメッセージもある。


「ちゃんと休んどくんやでっ!by謙也」


「しっかりご飯食べて、休んでおくんやで?マネージャーの仕事は他の人がやっておくから、心配せんでええよ。はよ風邪、治してな?by白石」


マネージャーの仕事は他の人がやっておくっていう言葉を見て、少し心が痛む。


マネージャーの仕事、頑張ろうって思ってたのに。
こんなにも早く体がダウンしちゃうなんて。
そんな自分に少し怒りを覚えてしまう。

・・・でも怒っていても仕方ない。
風邪になってしまったものは、なってしまったんだから。


今は休んで早く治すことだけ考えよう!



頭を真っ白にしようとしたら、そういえば白石君にメアドを教えていなかった事を思い出す。


謙也君には教えたのに・・・。


マネージャーなんだから部長のメアドくらい知っておかなくちゃダメだよね?


それに友達なんだから。


うん。友達。



でも謙也君のことは名前で呼べるのに、白石君は名前で呼べない。

白石君の行動や言葉にドキドキさせられる。

白石君の優しさが嬉しい。




それは・・・友達だから?



・・・でも、友達だからドキドキするっていう気持ちなんてない。

聞いた事もない。

じゃあこの気持ちは何?


どうして今、白石君にとても会いたいって思うんだろう・・・?




そんな事を考え始めたら、ますます眠れなくなって・・・


「ピンポーン」


その音でようやく我に返る。


時計を見れば、もうすぐ3時。


お昼も食べてないし、睡眠もとってない。
白石君と謙也君に言われたこと、無視しちゃったよ・・・。

よし寝よう!・・と思った瞬間だった。

「夕歌ちゃん、お客さん来たで」

ドアの外から、葉月さんの声が聞えた。

お客さん?私に?
友達はほとんど部活なのに・・・こんな時間に一体誰だろう?
そう思って、重たい体を起こしてドアを開く。




そこには本来、今の時間は部活をしているはずの優しい笑顔の人がいた。



「白石君・・・!!なんで此処にいるの?」

「堪忍な。オサムちゃんに家の場所聞いた。・・・心配で部活抜け出してきてしもうた」
「部長いなくて・・・大丈夫?」
「謙也や銀さんが居るし・・・許可もらうて来たからな」
「・・そんなの謙也君たちが許しても、マネージャーの私が許しません」
「せやな」

部長なのに簡単に抜け出せるわけがない。


部のことを大切に思う白石君が。



・・・いつも一生懸命な白石君が。




「今、お茶持ってきますわ。ゆっくりしてってな」

葉月さんがお茶を持ってくるために、下にいってしまった。
自然と白石君と二人になって、心が落ち着かなくなってしまう。


このまま白石君を廊下に立たせるわけには、いかないし・・・。


「ど、どうぞ!部屋・・・汚いけど・・・」
「ええの?」
「・・・うん」
「ほんなら・・・お邪魔します」


そういって白石君が部屋の中に入る。

少しでも整理しておけばよかった・・・。

机の上とかテニス関係の雑誌や、オサムちゃんが『皆をちゃんと管理できるように』って渡してくれた部員1人1人のプレーや好みなんかが書かれたデータが散らばってる。

「家に帰っても、他校のこととか・・部員のこととか調べとったん?」
「うん・・・マネージャーとして少しは知識を付けておきたいって思って」
「せやから、氷帝とか立海とか知っとたんか」
「うん」
「最近、部室の掃除も頑張っとるし」
「うん」
「帰るの・・7時くらいやろ?」
「そうだね・・」

そんな私の答えを聞いて白石君が溜息をつく。


「最近、如月さん頑張り過ぎなんちゃう?」


それをいう声はいつもの優しい声じゃなくて・・少し怒っていた。


「仕事を頑張ってくれるのは嬉しいけど・・・もっと頼ってほしい思う。マネージャーに頼らず、自分らでできることもあるわけやし」

その言葉に私は反論する。

「・・・・なら白石君だって同じだよ。いつも1人で最後まで自主練してるし、部員達との関係とか部長としての責任とか・・・1人で悩んで1人で頑張って・・・それに」
「それに?」
「マネージャーの仕事を頑張ろうって更に思ったのは、自分のためにも、白石君の・・・あの時の答えを聞くためにも大人になろうって思ったから」
「・・・俺のせいでもあるんやな、無理させたんは」


白石君が悲しそうな顔をする。

笑顔でもないのに・・・瞳がキラキラしてて綺麗だって思ってしまった。


どんな表情をしていても完璧だ・・・この人は。

そんな事を思っていると、白石君が私に向けて小指を出す。


「・・・約束しよか?お互い、困ってるときは頼ろうって約束」
「えっ!でも・・」
「これは部長命令やで?」


そう言われたとたん、白石君が私の右手の小指を強引に絡めとる。
そして逃がさない・・・とでもいうように、ギュッと力を入れられた。

体の熱が一気に上がる。


「嘘ついたら針千本・・・じゃ罪が軽いな」
「じゅ、充分重いよっ!」
「じゃあ何がええ?」
「・・・痛くないもの・・・」
「部活1週間出席停止にしようか?せやな、それがええな」
「ええっっ!!1番、辛いよ!」



そんなやり取りをしてる間に小指が離れる。



なんだろう?


小指が離れて寂しい・・って思う自分が心の奥深くにいる。

そんな自分がいると思うと心が熱くなって、苦しくなって、体が火照って・・・。

どうしちゃったの?私・・・。




気持ちを紛らわせようと思って、鞄から携帯を取り出す。

「白石君、メアド教えて」
「ええよ。ちょお待ち・・・」

白石君がポケットから携帯を取り出す。
やっぱり携帯も白なんだな・・・。

「俺も如月さんに聞こうって思っとたんやけど・・・忘れてたわ」
「私も忘れてた。謙也君には教えたのに失敗したなぁって」
「せやな」
「うん。友達なのに」
「・・・・・・・せやな、友達なのに。はい、送信」
「あっ!来た」

白石 蔵ノ介・・と書かれたメールが届く。

メールを開くと
『カバンのクマ・・・なんで、そんなにリボン付けとるの?』

・・・と書かれていた。

「直接、聞けばいいのに・・・」
「初メールやし・・・何か打ちたい思うて」
「でも・・・どうして、この文章なの?」
「前々から気になっとったんや・・その大量の青いリボンをつけとるクマさん」
白石君がそういうので、私もカバンのクマを見る。
今までの返事が全部首元に結んであるから、ちょっと息苦しそうに見える。
確かに目立つし、気になるよね。


「・・・あのね白石君、聞いて笑わない?」
「笑わへんよ」

白石君が優しい声で答える。

私は初めて人に・・・あの『願い事の叶う樹』について話した。

「願い事を叶えてくれる樹って知ってる?」
「姉貴に聞いた事があるわ・・・青いリボンのやろ?」
「うん・・・。でね?願い事の叶う樹があるってお父さんに小さい頃聞いて・・・お母さんが長生きしますようにってお願いしたの」
「うん」
「そしたら翌日、返事があってね・・・嬉しくなって・・・毎日お手紙を書くようになったら、毎日ちゃんと返事もあって・・・」
「リボンが溜まったってわけやな?」
「うん。ただのリボンなのに・・メッセージがあるだけで、捨てられなくなるほど大事なものになるんだなぁ・・・って最近、すごく思うんだ」
「大事なんや・・・そのリボン」
「今・・1番大切な宝物。・・・このメッセージの人ね、すごく綺麗な字で優しい言葉を書いてくれるの。だから、すごく心が綺麗な人なんだろうな・・って思うんだ。会って・・・話してみたい。それで直接ありがとうって言いたい」
「そっか」

白石君はまだそんな話、信じてるんだってからかいもせずに・・・最後まで笑顔で私の話を聞いてくれた。


「部活、放置にしたままだと心配やし・・そろそろ帰るわ」
「・・・うん。ごめんね・・・来てくれてありがとう」
「大切な・・・友達なんやし、来て当たり前やろ?礼なんてしなくてええよ。あぁ、せや!」

白石君が慌ててカバンから何かを取り出す。
カバンから取り出したのは、菓子パンとかジュースとか・・色々。

「謙也たちから預かってきたんや。如月さんに渡してほしいって」
「えっ!みんなから?」
「せやで?だから1日でも早く元気にならんと・・・」
「うん、みんな心配しちゃうね」

マネージャーをやり始めて・・・まだそんなに日が経ってないのに、ここまで沢山の人に心配してもらえて・・・元気を貰えて、嬉しかった。

こんなにも人との関係って温かかったっけ?


東京にいた時も、確かに温かかったけど、でも今はそれ以上で・・・・


「みんなに会えなくて寂しかったら電話してええから」
「本当?」
「ん。いつでもちゃんと出るで」

白石君は最後に私の頭を優しく撫でると、手を振って部屋を出て行く。

私は携帯をギュッと握りしめた。

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