『恋樹』


□05・変わりたい
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テニスコートの横にあるベンチに座りながら皆の練習姿を見ていた。

皆、汗を流しながら必死にボールを打ち合ってる。
時々・・小春ちゃんと一氏君が漫才をやりだすから皆が笑い出すこともあるんだけど・・。。
そこが東京の部活とは違う雰囲気で、新鮮に思えた。



大勢の人が頑張って練習しているんだけど、やっぱりその中でも一番輝いて見えてしまうのが白石君。
汗がキラキラ輝いて・・ボールを必死に打ち返す姿に惹かれてしまう。
テニスをやった事のない私でも、白石君のテニスは綺麗で・・完璧で・・すごいって思う。


「なんや、如月?白石見とるんか?」


ふと後ろを振り向くと、補習が終わったのか忍足君がいた。


「・・・うん。白石君のテニスって綺麗だね」
「そりゃ、中学テニス界の・・・テニスの聖書やからなっ」
「聖書・・?何それ」
「知らへんの?そう呼ばれとんやで、白石」

忍足君の説明によると、白石君のテニスは基本に忠実であるが故の完璧なテニスなんだって。


だから聖書って呼ばれるらしい。


「まぁ、スピードは俺のほうが上やけどな」

忍足君が自慢げに言う。
そこで、前々から気になってた疑問を聞いてみた。

「忍足君の『難波のスピードスター』も白石君のみたいに皆に付けられたの?」
「自称やで?」

やっぱり・・・って言おうとしたけど、止めておいた。忍足君のプライドを傷つけたら可哀想だよね・・・。ただでさえ、財前君に色々と言われてるんだもん。

「如月先輩、はっきり言ってええですよ・・・ダサいって」

その時、私の心を読んだかのように、財前君が言ってきた。


本当に財前君って鋭い・・・;;


「なんや!財前っ!口出すな!如月は、そんなこと思っとらんよな?」
突然聞かれてビックリしつつも、忍足君のプライドを傷つけまいと答える。
「えっ?!・・う、うん」
本当は・・・ダサいって思ってるけど・・。
私の答えを聞いて、忍足君は勝った・・という眼で財前君を見て言った。
「ほら、よく聞きやっ!如月もええって言うとるし!」
すると財前君が呆れた顔で私を見てきた。
「・・・如月先輩、優し過ぎっすわ」

財前君はそれだけ言って、練習に戻ってしまった。忍足君も財前君の後を追って練習へ行く。

嵐みたいだったな・・・。

財前君の毒舌に慣れるのは時間がかかりそう。これから、あの毒舌を毎日聞くことになるんだと思うと少し不安になった。




5時になって、空も真っ暗となり練習が終わる。


今は校門を出てお昼に言っていたたこ焼き屋さんに向かっているところ。


「よっしゃ〜!たこ焼き食いにいくでっ」
忍足君が待ってましたっ!・・と言うように大声を上げる。
「謙也さん、近所迷惑ですわ」
と言う財前君と、いちゃいちゃしてる小春ちゃんと一氏君・・お経を唱えてる銀さんの後を、白石君と歩いていた。

白石君は自転車を押している。

「白石君って自転車登校なんだね」
「ん。結構家から学校まで距離があって・・・自転車で通うと丁度ええ感じやな」

忍足君が白石君のこと『健康オタク』って言ってたから・・・登校する時歩いてくるのかなぁって思ったら自転車で、少し驚いてしまった。

そんなことを考えてると、今度は白石君が話しかけてきた。

「如月さん、部活どうやった?」

そういえば、部活を見ての感想を言ってなかった事を思い出す。
・・・といっても記憶にあるのは、レギュラーの個性豊かなプレーばかり。



「見てて、すっごく楽しかった!皆個性豊かで面白くて、キラキラしてて・・・」

質問に、声を明るく・・大きくして満面の笑みで答えたら、白石君の顔が少し赤くなる。



私・・何か変な事言ったかな?・・・



「・・・ちょお、そんな可愛え顔せんといて」


白石君に『可愛い』・・・って言われて、ドキッとする。私は顔を真っ赤に染めながら、必死に否定した。


「私なんて可愛くありませんっ!!」
「可愛ええのに自覚ないとか・・ホンマ、適わんな...。ええか?これから簡単に笑顔見せたらアカンで?」
「どうして?」
「謙也とか・・悪い奴に食われてしまうわ」

食われてしまう?
どういう意味だろう?

「えっ?白石君には?・・・笑顔見せない?」
「俺には見せてええよ」
「えぇ!ダメだよ・・・ちゃんと皆に平等にしてあげなきゃっ!白石君だけはズルイよ」

そう私が言うと、白石君は
「わかってへんなぁ・・・」
って言って呆れた顔で私を見て笑う。






分からないよ。


白石君のドキッとさせる言葉の意味も。

今まで経験した事のない・・・





この熱い感情も。





分からない・・・。






しばらく歩いていると、たこ焼きのソースの美味しそうな香りがしてきた。
目の前には、たこ焼きが焼かれていて、大阪本場のたこ焼き・・と書かれた看板が眼に入る。

「わぁ・・美味しそう。。」

私が言うと白石君が「待っててな」って言って、私の分のたこ焼きを買ってきてくれた。

「熱いから、気ぃつけて」

白石君が私にそっと出来たての熱いたこ焼きを渡してくれる。

「ごめんね。おごってもらっちゃって・・」
「ええで。おごるって約束したし・・お昼、おごれんかったし」
「うん・・・ありがとう」
「ん。ほら、冷めんうちに早よ食べや」

白石君に言われて、爪楊枝でたこ焼きを刺して口元へ運ぶ。
その様子を白石君が見てて、なんだか恥ずかしくて・・食べにくい。
でも早く食べないと、冷めてしまうから・・と思ってパクリと食べる。

中がトロリとしてて、タコと絡み合ってソースの味が利いてて・・・

「美味しい・・・!」

これが本場のたこ焼きなんだって、美味しくって・・思わず笑みがこぼれる。

「せやろ?」

白石君は私の感想を聞いて、優しく笑う。

「本当に美味しいっ!本物のたこ焼きって、こんな味がするんだね。。」
「東京のたこ焼き・・・そんなにマズイんか?」
「ううん・・そうじゃなくって!・・私のお父さん・・大阪出身でたこ焼きを小さい頃、作ってくれたんだけどね?それが・・・」
「・・マズかったんか?」
「・・・うん」

お父さんの作ったたこ焼きは、本当に変な味がして、半生で・・・。
その味を思い出して、少しゾッとする。


「如月さんのオトン、大阪出身なんや?」
「うん。それに四天宝寺中の卒業生」
「それまたすごいなぁ・・オカンは?」
「お母さんは東京育ちなんだけど・・高校の時だけ、親の事情があって大阪に来たの」
「そこでオカンとオトンが知りあったんやな」
「うん」
「如月さんのオトンとオカン、優しい人なんやろうな」
「・・・うん」

お母さんのことを思い出して、声のトーンが下がっていく。
白石君と話してる最中なのに・・・。

「どないしたん、元気あらへんで?」

元気出そうとする前に白石君が心配してきてくれた・・・。

「なっ、なんでもな・・・」

『なんでもない』・・・って言おうとしても、涙が溢れそうになって口が上手く動かなくなって・・・唇をかみ締めた。

「・・・一人で抱えとったらアカンで?」

そんな私に白石君は優しく声をかける。

白石君には・・お母さんのこと・・話していよね?

「・・・実はね、お母さん入院してるの」
「・・・ん」
「でね、余命も宣告されちゃって・・残りの時間をお母さんと過ごしたいって思って大阪にきたの。でもお父さんは仕事があるから東京で・・・離ればなれで・・・」
「・・・ごめんな、辛い事思い出させて」
「ううん。いいの・・・避けられない現実だもん」


そう言いつつも、涙があふれそうだった。


「あぁっ!白石!如月泣いとるやん!
手紙に泣かせたらアカンでって書いとったクセにっっ!!」

そう言って忍足君が白石君に襲い掛かる。

「ちょっ!やめやっ!謙也!!」

二人が争う中、小春ちゃんが可愛らしいピンクのハンカチを差し出してくれた。

「夕歌ちゃんたら〜ん!泣き虫さんねッ!」
「ありがとう・・小春ちゃん」

小春ちゃんはお母さんみたいに、優しく背中を撫でてくれた。

「蔵リンが、な〜んで夕歌ちゃんを選んだんか、わかった気がするわぁ〜」
「選ぶって?」
「マネージャーによっ!!」
「えっ?!今までだってマネージャーさんいたんじゃないんですか?」
「候補はいたんやけどねぇ・・・蔵リンが全部断ったのよ」


白石君が断った?


「ほら、うちの部、ええ男の子多いでしょ?」

小春ちゃんに言われて、まわりの皆を見る。
確かに皆、顔が整っていてカッコいい。
「だからマネージャーをやりたい言う子は、皆に近づきたいっていう思いがあったんよ」


だから白石君は断ったんだ・・・そんな気持ちで部の中に入ってきて欲しくなかったから。


「・・・私は確かにそんな気持ちでマネージャーになった訳じゃないけど、白石君にその気持ちは言ってない・・・。『やってほしい』って言われて・・・。優しいし・・・大阪にはいないタイプの子だからって」

そういうと小春ちゃんが驚いた顔をする。

「蔵リンがそう言ったの?」
「・・・うん」
「やってほしいって言われたの?如月ちゃんが・・・やりたい言うたんじゃなくて?」
「・・・うん」
「・・如月ちゃんをマネージャーにしたのは裏がありそうやな」
「えっ?裏・・・??」
「目の届くところに置いておきたいのよ」
「・・・??」
「蔵リンも隅に置けないわねぇ〜」

そう小春ちゃんが白石君に言うと、白石君はいきなりナンや?という顔をしてる。




本当は・・・どうして私にマネージャーをやってほしかったの?



それが聞きたくて。


私は白石君から眼を離すことができなかった。

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