三題噺
□大剣・三角定規・8kn9・Mr華麗なステップ
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12月24日 木曜日
聖なる日の前夜祭の夜、沢良アキ(さわらあき)の前に天使が現れた。
アキが部屋で勉強をしていたら、突然ふわりと蜃気楼のように、背後に出現したのである。
「な…」
天使の姿が、あまりに自分の想像と違って、アキは絶句した。
顔だけ見れば、ピアノの似合う優男で。
ファッションはビジュアル系バンドにいそうな若者らしいそれ。
明らかに染めたと分かる茶髪を、なぜかバッサリ肩口で切りそろえてしまっていて、どうにもちょっと変な普通の若者にしか見えない。
しかし、彼が手にしている『それ』は、まるでゲームやマンガの世界にしか存在しないファンタジックなものだった。
特に目を引くのが、左目を覆う黒い眼帯だ。
そして、1m程ある大きな西洋風の剣を片手で簡単に持っていた。
「よお。俺、天使。どうもー」
見た目からして怪しい上に、自称天使である。羽も、天使の輪もない。
「て、天使?」
アキは心中でドン引きしていた。
(いくらクリスマスイブだからって、それはないだろ…。夢見る乙女かよ…)
それが伝わったのかどうかは定かではないが、天使はニヤニヤと怪しく笑って、見た目に合ってないソプラノボイスで続ける。
「お前、信じてないっしょ。
…うーん、羽見せてやろっか?」
人の神経を逆なでするような話し方が、気になったがそんなことを言ってる場合でもないので、アキはスルーした。
自称天使は、羽織っていたジャケットを脱いで、ストライプ柄のTシャツ姿になった。
すると、天使の持っていた剣が光り出し、純白のいかにも天使らしい羽が、彼の背中から出てきた。
アキの部屋に、白い羽が散乱する。
「どうだ、アキ。なかなか立派だろ?」
自慢げに言う天使の言葉は、アキの耳には入っていなかった。
「……う」
嘘だろ、おい。
こんなこと、あり得るのか?
しかしそれを否定するには、彼の姿は神々し過ぎる。
「んで。本題だ、アキ」
天使は再びニヤニヤと笑った。
さっきからこいつは、私の名前を言っている。そのことに気づいて、アキはさらに悪寒を覚えた。
「なんなのよ、ホントに。
クリスマスイブに天使かよ…。笑っちゃうよね…」
乾いた笑いがこみあげてくる。
やられっぱなしなのが悔しくて、アキは天使をにらみあげた。
「天使サマは、私の願いを叶えてくれたりするのかな?」
アキの嫌味にも動じることなく、天使は羽を広げて舞うようにして手の中の剣をアキの方に向けた。
「俺はお前の願いを叶えることなんてできねえよ」
「それじゃあ用無し! とっとと帰って代わりにサンタでも連れてきて」
悪意のこもったアキの皮肉も全く気にすることなく、天使はニヤニヤと腹のたつ笑みを浮かべている。
「まあ待て」
いきなり、天使は剣を振り上げた。
そしてアキに向かって振り下ろす。
「!」
アキは息をのんだが、振り下ろされた剣はアキの頭の上で停止した。
まさに、間一髪。
アキが何も言えないでいると、天使はニヤニヤと笑ったまま口を開いた。
「この剣は『8kn9』っていって、人間の寿命を斬る剣なんだよ」
突拍子もない天使の言葉に、アキの理解が一瞬遅れた。
「…寿命?」
「ああ。よく聞けよ」
天使は楽しそうに語りだした。
「俺はお前に10年分の寿命をもらう代わりに、一人分の寿命を全て刈り取ることができる。
つまり、お前は10年早く死ぬ代わりに人を一人殺せるってこと。憎い相手を殺せるんだ」
天使が楽しそうに語り終えてアキの様子を窺うと、アキは豹変していた。
「憎い相手を、殺せる…」
アキは口が裂けるほど笑っていた。
半信半疑だったが、そんなことはどうでもいい。
あいつを、
上杉遥を殺せるなら。
「…天使なんて、とんだお笑い草だわ。
まるで死神じゃない」
アキはもう微塵も疑ってはいなかった。
天使は満足そうに、また笑う。
「私の寿命なら、10年でも20年でもあげるわよ」
アキは殺意と狂気に満ちた、黒すぎる笑みを天使に向けた。
天使は少しさびしそうな顔をして、アキの頭上にあった剣をそのまま振り下ろした。
アキの首は体に繋がったままだったが、天使の剣には確かに青白い文字で[ten]と刻まれていた。
天使はまたニヤニヤとした笑顔に戻って、アキへ向き直った。
「で、アキは誰を殺して欲しい?」
「そんなの決まってる」
アキは歯をむき出して笑っている。
「上杉遥を殺せ」
天使の剣に[uesugi haruka]という深紅の文字が現れた。