ワンドオブフォーチュンF
□月影が零れる中、沈む君に手を差し伸べる
1ページ/1ページ
誰もが寝静まる深夜、エストはひとり寮を抜け出した。緩やかに流れる風が、夜ということも相まって、肌の熱を奪っていく。
閑静の広がるこの時間、エストにとっては習慣と化したことを行いに、再び人目を避けるように、あの場所へ赴く。その間も、周囲を警戒することを忘れてはいなかったが、それでも見慣れたあの姿が今日は見えないことに安堵していた。
「……いつもより遅く出てきたのは正解でしたね」
微笑を零しながら、エストは静かに呟く。
―――そう。見られたくは無かった。自分の忌まわしき姿を、彼女にだけは。
けれど、彼女は自分の望まないときに限って傍にいることが多いから、これに関しては自分の運が悪いのだろうかと思っている。
苦痛だった毎日が、きらきらと輝くような日々に変換されたのは、間違いなく彼女のおかげだけれど、それでも他人の痛みを自分のものとしてしまうような彼女に、さらに重荷を背負わせたくは無い。たとえ歳がひとつ下だとしても、自分は男で、彼女を守りたいと願っているから。
だから、彼女に辛そうな顔をさせるくらいなら、ひとりでこの苦痛に耐える時間を過ごすほうが何倍もいいと思うのだ。
そんな思考に沈むうち、足はやはり慣れた道を突き進んでいたらしい。いつの間にかたどり着いていたその場所で、エストは慣れた手つきで魔道書を開く。
「レーナ・ルーメン―――…」
そうして紡いでいく言葉と共に、急に襲ってくる痛みを堪えながら、エストは朗々と言葉を繰り続けた。
帰路を辿るその最中、エストはふと顔をあげた先にいる見慣れた姿を見て動揺した。
「……っ、なんで…」
「………何か、すごく嫌な予感が、して…」
気落ちしたような面持ちで、それだけ言うルルの手が、彼女の履くティアードスカートがいくつもの皺を作っていた。
「……でも、エストが私に、あの姿を見せたくないっていう気持ち、知ってるから……」
たどたどしく紡がれる言葉に、エストは苦いものを含んだような顔つきで黙った。つまりは、自分の気持ちを尊重しようと、彼女は自分の想いを必死に堪えていた。と、そういうことか。
「………随分と今日は素直ですね。どうかしたんですか?」
「だって、いつもエストに迷惑を掛けてるんだもの。なら、ひとつくらいエストのお願いを叶えてあげようって、そう、思ったの」
それでも、意気消沈したように、ルルは静かに零す。
「………でも、それでも、やっぱり私は……待ってるのは、辛いの…」
「………まったく…」
彼女の必死さが伝わる言葉に、自然と微苦笑が漏れた。そうして、エストは俯く少女にゆっくりと近寄った。
「……確かに、僕はあの姿を見せるのは好きではありませんが……その理由のひとつには、あなたがあの姿を見るたびに泣きそうな顔をするからじゃないですか」
「………え?」
目を見開いて顔を上げたルルに、何を今更な、といった風情で盛大にため息をつきつつエストは零す。
「それを見る見ないに関わらず、そんな辛そうな顔をされて罪悪感が沸き起こるとは思いませんでした」
苦笑しつつ、エストは手を差し伸べる。
「……帰りましょうか。出来ればあの姿は見せたくはありませんが、あなたが泣くほど辛いというのなら、僕が諦めますから」
「……本当?」
「ええ。なるべくあなたに気づかれないよう細心の注意を払って行えばいいだけの話ですし」
「エストがどれだけ頑張って隠そうとしても、私が絶対気づいて見せるわ!」
宣誓したルルの手が、エストの手に重ねられる。それを見詰めて数秒、顔を上げた時には、先ほどまでの沈んだ面持ちが陰を潜め、いつものような明るい笑顔が咲き誇っているのを見て、エストは自然と微笑を漏らした―――…。
+++++
幻想的な光景を書くのが好きな管理人は、またもやしつこく情景を書き入れつつほのぼのを目指させていただきました。
可愛いよぉ、エスト。エスルル大好きだー!
さてさて今回は糖度多めをめざしたはずなのに、なぜかなぜかその夢が崩れ去りました。
エストがルルを抱き締めさせる設定だったのに、見事に失敗。
………この拍手感謝文、本当大丈夫か…?
とはいえ、エスト最近ネタないから書くの辛かった。……死ぬ。まじで死ぬ。
……後エストでやってない甘シチュなんだっけ? 添い寝は寮だから無理、膝枕……やらない気がする。……後何あった…?
やばい、本気でネタが無くなって内心冷や汗たらりな管理人でしたー。