ワンドオブフォーチュンF

□メルティング・ポイント
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 君の傍でなら、笑っていられる。


 それはきっと、君の言葉が、行動が、気持ちが―――僕の凍りついた感情を、溶かして開放してくれるから。






 生い茂る緑と、大きな窓からの柔らかな光に視界を奪われて、エストは一瞬眼を眇める。誰の趣向なのかは知らないが、窓辺を飾る白い花が、雲ひとつ浮かんでいない窓の向こうの青空に咲いて、遠くで小さな点のような雲が浮かんでいるように見えた。


 生徒たちが沸き起こす喧騒に背を向けて、ひとり静寂の広がる空き教室へと足を踏み入れたエストは、そういえば前もこんなことがあった、と知らず唇に柔らかな笑みを刻んでいた。


 普段は閑静さしか広がらない自習室が生徒で埋め尽くされ、寮ではユリウスの存在があるゆえに落ち着いていられなかった。ゆえにひとりの少女のアイデアを借りて、こうして空き教室へと足を運んだ―――…


 あのときは彼女が隣に座っていたが、今は自分ひとりだけだからか、天上の世界を思わせる静謐な静寂に包まれているこの空き教室で、エストは光が程よく本を照らしてくれるあたりにゆっくりと腰を下ろして本を広げた。


 ただページを繰る度に紙が擦れあう小さな音が断続的に続く。その穏やかな空気は、エストが昔から好んでいたもの―――だけど、何か物足りない気がして。


 それは一体何なのか、とエストが思考を巡らせようとした瞬間、がらりと扉をスライドさせる音が響いて、エストは顔をあげた。
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