ワンドオブフォーチュンF
□仄かに香る匂いすら
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「エスト!」
声を弾ませて駆け寄ってくる少女を、エストは立ち止まって待った。
反射的に身を翻す癖をなんとか直してから、ルルもまた自分に飛び掛る癖を改めてくれた。まあ、もともと自分が彼女から逃げ出してしまうという行動をとっていたから、捕まえるために彼女がとった強行策ともいえる行動だったから、当然といえば当然か。
「どうしましたか?」
切れ切れに響く息を整えさせる間を充分に与えてやってから、エストは口を開く。がばりと顔を上げたルルの気迫に押されて、つい及び腰になるが。
「あのね、エストにあげたいものがあるの!」
「……なんですか、それは」
「これよ!」
魔道書を抱える両腕のうち、右腕を強引に引かれ、思わず身を前のめりにさせるが、なんとか踏ん張ることに成功する。
体勢を立て直し、右の手のひらに握らされたそれをじっと見つめて、エストはどこかで見た気がして記憶を掘り起こしてみる。
やがて、それが何であるかをようやく把握し、エストは呟くように小さな声で零した。
「ヴァニア先生ですか」
「え?! どうして分かったの?」
「以前僕も同じものを作りました」
淡々と応えてから、エストは無言でそれ―――淡い薄紅色の香水を手首に吹きかけた。
同時に、鼻腔を控えめな甘さを含んだ香りが擽る。