薄桜鬼
□御題<彼の人を見つめる、たったそれだけで>
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【一&千鶴】
「一さん」
「どうした?」
振り返り、静かな瞳とぶつかりあう。彼の双眸に映る自分を見るたびに、やはり少々照れが混じった笑みを浮かべてしまう。
「…き、今日だけ…側にいてもいい、ですか?」
その言葉に面食らったような顔をして、一は唖然とする。………今、なんていった?
「……一さん?」
「…いや、何でもない…」
視線を逸らし、かすかに熱を持った顔を彼女が見ているのだろうという勘は働いている。
それでも彼女の発言に嬉しすぎて心の中で拳を握り締めそうな自分を押さえられるはずもなく、よく見ないと照れていると判じられない程度に顔の筋肉を強張らせることしか出来ない。
「………好きにしろ」
「ありがとうございますっ」
嬉しそうに眦を下げ、側によってくる少女を一瞥してから、一は仕事場から持って帰った書類を読むことに没頭する。
それから一時ほどしてから、一は肩の力を抜き、静かに書類を置いた。
そして、終わったというのにやけに静かな部屋に違和感を覚え、一はそっと振り向く。
――――寝ている。しかも、熟睡だ。
「…風邪をひくつもりか…」
嘆息し、一は引っ掛けていた羽織を引き寄せた千鶴の身体に掛けた。
「…ん…一さん…」
「…起こしたか?」
少々慌てたような呟きが零れて、一はそっと少女の顔を伺う。
「…大好き……。…すー」
「…寝言か…」
しかし、寝言でもその発言は……なんというか、仕事の疲れその他諸々のことが一気に吹き飛んでしまう、嬉しい言葉だ。
「………本当に…」
頬に掛かった髪を退かせながら、一は穏やかに笑む。
「…お前は、特別だな…」
見つめているだけで、こんなにも優しい気持ちになれる。暖かな灯火が胸に宿り、この世のすべての理さえどうでもよくさせる。
「………愛している。この先も、千鶴、お前だけを」
囁いた愛の言葉は、眠る少女には聞こえない。
ただひとりの、愛しき人を見つめるだけで。
―――幸せを感じられる、このひとときがなによりも嬉しい時間だと、常に一が思い続けていることを、千鶴は知らない。