薄桜鬼
□雨音響き、睦言は囁かれ
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時刻は逢魔刻。はるか昔にはすべて清音で『誰そ彼(たそかれ)』と呼ばれていた、すれ違う人の顔さえ見えぬ時刻のこと。
ようやく仕事を終え、ぬかるむ土を蹴り上げて、おそらく外で見えない姿を追っているだろう愛しい人を早く安心させるためにもと、必死に道を急ぐ。
獣道のような荒れた道を駆け抜けて、一はようやく目指していた場所へと辿り着く。
―――――ただ、そこで見たものが求めていたものではなかっただけで。
「―――――千鶴っ!」
ぬかるんだ土に足を取られ、まろんだ拍子にはだけた着物から、白い肌が露になっている。
駆け寄り、その身体を抱き上げれば、どれほどそこに倒れていたのか、既に死人を思わせるように冷たくなっている。
「千鶴、千鶴っ!」
「……は、じめ…さん」
掻き抱いた少女は、数回揺り動かしてみると薄く目を開ける。―――気がついたか。
「おかえり、なさい…」
「何故無茶をしてまで外にいたんだ!」
いや、違う。――――これは、自分が悪いのだ。
普段より仕事に手間がかかってしまった。彼女が心配をしてしまうほど、普段より数刻遅くなってしまったのだ。