薄桜鬼
□届きますか聞こえますか
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梅雨の季節になり、冷気を孕んだ雨が空から降り注ぎ、時折風に攫われて荒れるその景色は、日常にやや憂鬱さを齎すどころか、最も最悪な形となって平助の身に襲い掛かった。
「………大丈夫? 平助くん」
「…おぅ……」
覇気のない返答にますます心配そうにこちらに視線を投げ掛けてくる千鶴に申し訳ないと思いつつも、平助は穏やかに微笑んだ。
「ほら、移ったら駄目だからどこか行けって」
「………でも…」
「これくらい気力で治せるって! 一応男所帯にいたんだから、これくらいのことでへばっても看病はねえし。ひたすら寝て治したんだしよ」
ちりちりとした焼け付くような感覚が喉を刺激する所為か、平助の声はいつもと同じ口調なのに掠れていた。それが更に千鶴の気遣いの言葉を多くさせたが、なんとか言いくるめて千鶴を追い出してから―――すぐ。
「………あっぶねぇ…」
掠れた声でそう零しながら、平助は薄皮程度の理性が徐々に厚みを増していき、鼓動が落ち着いていくのを感じ取る。
熱に浮かされ普段より本能が表面に剥き出しになっている今、愛しい彼の人が傍にいればいろいろと自制できる自信がなかった。ゆえに、ひたすら寝て治すと言い張って看病を断ったのだが。
「……頭痛ぇ」
今回はやけに重い症状が危険であるという兆候を示す。やはり、脳内で本能と理性の大格闘の覚悟で看病を受けたほうがよかったか。いやいや、しかしその所為で自分が狼になったり彼女に移ったりすれば尚更悪い。
結果、この判断は正しかったのだと結論付け、平助はとりあえず宣言どおり寝て直そうと目蓋を伏せた。