薄桜鬼

□届きますか聞こえますか
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 もぞもぞと傍らで何か蠢く気配と感触に眠りから揺り起こされ、平助はなんだろうと半ばぼんやりしたまま目蓋を開く。そうして段々とはっきりしてくる視界とともに、それが何なのかを視認すると一気に覚醒した。


「―――――っ?!」


 絶叫を堪え、引き攣れた顔のまま傍らに寄る少女を見つめる。すやすやと寝息を立てる少女は、紛れもなく自分が必死になって傍から離したはずの少女で。


 何故とかいつからとか、疑問は沸いて出るが、とりあえず可及的速やかに行わなければならないことは、自分の傍から彼女を追い出すことである。


「ち、千鶴。起きろって。千鶴」


 必死に揺り起こすが、目蓋を閉ざしたままの少女は動かない。どうしようと、戸惑いだけが胸を支配する。


「……おね、がい……」


「……へ……?」


 ふと、零された言葉に平助は目を瞬かせた。


 視線を動かせば、言葉を紡いだであろう少女の唇がむにゃむにゃと動く。


「……一緒に、いさせて…」


「………っ」


 いつ消えるか分からないこの命。それが病に蝕まれた今、ひとときでも離れるのが不安なのかもしれない。寂しさに潰えそうな心を支えきれるほど、不安に打ち勝てるほどの何かを、幾ばくの命数しか共にいれない自分が、与えてやれるものではないのだから。


 そっと、小さな身体を抱き寄せる。途端、彼女が縋るように平助の胸元の辺りの服を掴んだのに、苦笑する。


「………風邪移したら、ちゃんと看病するからな…」


 起きていた時の拒絶の言葉とは真逆の言葉に、その縋る力が僅かに緩む。それすらきっとこちらの気遣いが寧ろ不安にさせていたような気がして申し訳なくて。


 眠る君の意識に聞こえるだろうか。―――届くだろうか。けれど、今伝えたい思いがある。


「……誰よりも、お前を愛してる…」


 君だけに伝えたいと思う、最上級の愛を。





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