薄桜鬼

□この幸福が壊れぬように
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 陽が南に座して高かった頃から暫く経った時刻―――…。


 快晴ということもあって、真昼から洗濯物に精を出していた千鶴は、そのすべてを終え、額に浮かぶ汗を無造作に手で拭ってからぐっと腕を伸ばして背筋を伸ばす。


 青々とした緑豊かな地、呼吸をする度に肺を満たす空気は新鮮で気持ちがいい。


 押さえていた着物の裾を紐を解いて直し、後数時間程度の合間は休もうと考えて家の中へと舞い戻ろうとしていた千鶴の視界の中に、ふとそれは入り込んだ。


 縁側に座り、その膝にまだらな模様が浮かぶ毛を存分に生やした猫をその膝に乗せ、柱に寄り掛かり、彼の人は眠っていた。―――いったい、いつから此処にいたのだろう。


「………はじめさん、起きてください。こんなところじゃ風邪引きますよ」


 そっと呼びかけても、まったく反応が無い。―――ここ最近ひっきりなしに仕事に打ち込んでいたから、疲れが出たのだろうか。


 家の中へ入り、箪笥から適当な衣服を取り出した千鶴は、小走りで一の下へ舞い戻り、その肩にそっとそれを引っ掛ける。そうして視線を下へと滑らせた千鶴の目に、とても気持ち良さそうに一の膝で寛ぐ猫が飛び込んでくる。それが、酷く羨ましく思えて。


 ………ちょっとだけ。


 芽生えた甘えたいという思いに素直に従い、自らも縁側に座り込み、眠る一の肩に頭を乗せる。そうして服越しに伝わる感触が、酷く愛おしくて。


 それをもう少しだけ―――もう少しだけ、と言い聞かせているうちに、千鶴は穏やかな微睡みの海へと沈んでいった――――…。





 海からやってきたのだろうか、冷気を帯びた風が頬を叩いたことで一は覚醒を余儀なくされ、眉を顰めつつも伏せていた目蓋を押し上げた。


 茜色に色づいた空だが、既に山の稜線のあたりは美しい瑠璃色に染まり始めている―――そろそろ、夜か。


 そこまで理解して、一は膝と肩に重みを覚え、ついと視線を滑らせる。


「………千鶴?」


 口を突いた少女の名は驚きが混じっていたからか随分と響いた。だが、彼女はその呼びかけに応えない。


 膝で丸まっていた猫が、ついに冷気に気づいたのか、ふと身体を伸ばして一の膝から起き上がってすぐ飛び降りた。軽くなった膝は、酷く生温い。


 暫しの黙考の後、一は千鶴の身体を上手く転がし、彼女の頭を自らの膝へ導いてから、おそらく自分が寝ているときに彼女が引っ掛けたのであろう衣を眠る彼女の上へと掛ける。健やかな寝息を立て、穏やかな寝顔で眠る少女を優しい眼差しで見つめながら、一は細く長い息をつき、空を仰いだ。


 夕暮れがだんだんと穏やかな闇に包まれていく光景は、酷く儚く美しい。それをただ見上げながら、一は膝から伝わる重みと温もりを感じて、ひたすらに祈る。


 ―――どうか、後いくらかの猶予が欲しい。


 彼女と過ごすこの穏やかな日々が、後僅かでも続くようにと―――。




この幸福が壊れないように
(少しだけでも多く、自分の命の期限があってほしいと願う)





+++++あとがき

狂歌恋舞様への提出作品です。素敵な企画に二度もお邪魔します。
一くんは好きなキャラ第二位なんですが、個人的には薄桜鬼の中で一番小説を書きやすいキャラです。
寡黙の裏にこんなこと考えてたらいいなーっていう願望込みになりますが(苦笑

というわけで今回は猫を起用させていただきました。
猫といったらたいていのひとは総司なんでしょうが、私は総司より一くんとの組み合わせの方が好きです。
………なんでだろう。理由を聞かれるとなんとなくとしか言いようがないんだけど…。
今回お互いの会話はありませんが、私は一くんと千鶴が夫婦ならこんな感じがいいって言う感じですのでご容赦を。
平助だったら場を盛り上げてひたすらに千鶴を楽しませてそうですが、寡黙な一くんは、千鶴がただ傍に寄り添っているだけでなんか幸せそうな感じがするんです。
ゆえに眠ってる間にくっついたり膝枕してあげた挙句その寝顔をひとりでじっくり堪能してりゃいいなぁ、と。
……ごめんなさい、何言いたいのか分かんなくなって来た。
それでは、失礼いたしました!
 

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