ワンドオブフォーチュンF
□君が好きさえ言えない
1ページ/3ページ
「エスト! エストってば!」
「……なんですか、騒々しい」
困ったような表情で、エストは本から視線を上げる。そこには、ルルが泣きそうな顔でこちらを見詰めていた。
「……あのね、エスト。私といるときくらい、本を読むの、止めない?」
そう言われて、エストの喉が、不自然に引き攣れる。
もちろん、エストとて好きでそんなことをしているわけではない。本当は、自分だって彼女と向き合い、他愛ない会話を成立させたいと思っている。
だが、今日のイベントが、彼のその意志を手折らせていた。
――――ホワイトデー。彼女から貰った件のチョコのお返しを渡す、特別な日。決して綺麗とは言い難かったが、彼女が自分を思って作ってくれたモノを返す、特別な日なのだ。
既にそのお返しのモノは用意してあるが、残念ながら渡す機会を見つけられない。それが、自分が素直になりきれない弱さであることは分かっているけれど。
彼女の視線が捕らえていない右手を、エストはきゅっと握り締める。視線を落としたその先にある機械的な文字の羅列が、今はなんだか愛おしかった。―――この胸の動悸を、おさめてくれるような気がして。