ワンドオブフォーチュンF

□護りたいんだ、誰よりも。
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「―――今すぐ、帰れ」


 中々敬語を崩さないエストの口調が、変わる。息を詰めて見つめていたアミィたちが、息を呑んだのが気配で分かった。


「………っ」


 歯噛みした黒衣の男を一瞥し、ふたつの影が突然消える。もうひとつの姿は、こちらを敵意で滾らせた瞳で睨みつけた後、すっと消えた。


「………ルル」


 張り詰めていた糸が切れたように、くずおれたルルにエストは近づき、静かに右手を差し伸べた。


「……エス、ト…」


 ルルの力の入らない手が空を掻く。思わずその手を取ったエストは、ゆるゆると身体をなぞるようにしてルルが自分の腕から肩へと手を回すのを、根気よく大人しく見詰めながら為すがままになる。


「……エスト、がいる…ここ、に……」


 恐怖が一気に溢れ出たのか、涙をぼろぼろと零しながらルルが必死に自分に縋り付いてくるのを、ただ愛しいと思うのと同時に、申し訳ないと思った。……無邪気なその笑顔を、一瞬でも曇らせてしまった原因は、すべて自分と関わってしまった所為だから。


「……すみません、ルル…本当に……」


 小さな呟きを聞き取ったのか、ルルはさらに抱擁を強くする。それが、それは違うと―――否定の意味のものだという気がしたのは、自分の欲目なのかもしれない。彼女が自分にそんなことを言うはずがないと。


 すがりつくルルの背を摩る自身の背後で、僅かな衣擦れの音と共に扉が小さな音を立てて閉まる音がした。肩越しに振り返れば、そこにはもう誰もいない。……あの場に居合わせた彼女たちは、とても気の効く者たちばかりだから、いろいろ聞きたいのを堪え、ふたりきりにしてくれたのだろう。
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