ワンドオブフォーチュンF

□眠る君を見て希求せしこと
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 随分読み込んだ頃だったろうか。


 エストは急に、肩に重みがかかったのを自覚した。視線を滑らせ、彼はふいに息を詰まらせる。


 いつもよりも随分近い場所にある顔と、密着したことによって伝わってくる熱が、エストの心臓に早鐘を鳴らせた。


「……寝て、いるんですか?」


 喉の奥から競りあがってくる感情が言葉になる前に、彼が漸う出したのはそんな間の抜けた言葉だった。


 そんなことは見れば一目瞭然だというのに、言葉にしてしまった自分に少しだけ羞恥心が芽生えたことを、エストは気づかないことにする。


 しかし少し身動きした途端、ルルが自身に掛けていた重心がずれ、彼女の頭が自らの肩からずり落ちた。咄嗟に手にしていた本を投げ捨て、エストは彼女の身体を支えようと手を伸ばす。


 なんとか抱きとめることに成功したことに安堵すると、エストは静かに彼女の頭を自らの膝に誘った。健やかな寝息を立て、時折寝返りを打つ彼女の髪に自らの指を絡めながら、エストは零す。


「……あなたは、僕の髪が綺麗だと言いますが…」


 彼女の寝顔をひとり堪能するように見下ろしながら、エストは静かに零す。


「……僕は、あなたの髪の方がずっと綺麗だと……そう、思いますよ」


 その言葉に対する返答はない。


 先ほど自らの髪に貼りついた花が、今度は風によって手折られ、静かに地に舞い降りてきた。


 それが自らのマントに絡みついたのを見たエストは、それを手にして、少しの逡巡の後、眠る少女の耳元にそれを差し込む。


「……どうか、良い夢を」


 自分の存在がある所為で、彼女が狙われるかもしれないと危惧しているけれど。





 ―――――どうか、生きている間はずっと、君の隣にいたいと思うのは、罪だろうか。




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