薄桜鬼
□その笑顔は反則だから
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「遅い……」
とある休日のことである。
数ヶ月前に恋仲にまで進展を果たした彼の人と、数日前デートの約束を取り付けた。成功させるために、シミュレーションをしたいと兄貴分でもある存在に相談を持ちかけ、いろいろと学んだのも記憶に新しい。
その中で最もしっかりと記憶に刻み付けた『女性は支度に時間が掛かる』という話により、多少の時間待つことになるのは覚悟していた。が。
どちらかといえば時間にルーズな自分よりも一層そういったことはきちんとしている彼女からの連絡が一切無い。
待ち合わせにした駅の南口で腕を組みながら、平助は段々心配になってきて口を引き結ぶ。
―――少し、探してみるか。
そう結論付け、駅の中に舞い戻る。―――そうして探し始めて、数分後。
「あ、あの……離してください」
聞きなれた声にやや逼迫した色を感じて、平助は振り返る。
「いーじゃん。一緒に遊ぼうよ」
「可愛い服だよね。どこで買ったの?」
「てかさ、いい加減名前教えてよ」
―――なんでこの可能性を忘れていたんだ馬鹿野郎。
心の中で自分の愚かさを罵倒しながら、平助は八割方不機嫌な面持ちで四人に近寄った。
「いい加減そいつ離してくんねぇ?」
自分でも驚くほどの低い声で威圧しながら、華奢な身体に左腕を回して引き寄せる。
「へ、平助く…」
目を見開いて自分を見上げてくる千鶴が、先ほどまでの状況から脱した安堵と、今の状況による羞恥と嬉しさをない交ぜにしたような複雑な表情でその一対の視線を投げ掛けてくる。
その視線を受け止めながら、平助はぎろりと男たちをねめつける。次いで、怯えている彼らに制裁を加えるのもどうかと思い、千鶴の手を掴んでその場を離れようとした―――が。
「な、何だよ。ヤロー付きかよ!」
「マジ幻滅。だったらさっさとそう言えよなー」
「―――…」
ふつりと、頭の中で何かが切れたのを平助は自覚する。
自分はともかく、愛しい彼女のことを罵倒する輩など、極刑を与えずにはいられるものか。
退避―――中止。
反転。目標固定。―――攻撃、開始。
無言で拳を固めて振り上げた平助に、男たちは青ざめる。しかし、その拳は男たちに届くことなく空を切った。
「ち、…千鶴?」
目をしばたたく平助の腰に両腕を巻きつけてぎゅっと抱擁をしてくる千鶴に、どうしたのかと平助は狼狽する。
「わ、私は平気だから。止めて、平助くん」
「………」
必死の訴えに怒りが収束し、平助は無言で踵を返し、千鶴の左手に自らの指を絡めるように繋いで歩き出す。
「な、何だよ! 女に言われたから手引っ込めるなんて情けねー!」
「プライドねーのかよ! 腰抜け野郎!」
「―――あのさぁ」
肩越しに男たちを一瞥し、
「そんなくだらねーこと止めて、あんたらの言う男のプライドってもんを投げ捨てられるくらい良い女見つけたら?」
吐き捨てられた言葉に呆然とする男たちを見捨て、平助は千鶴を連れ、無言でその場を離れた。
☆
「へ、平助くん? 約束してた映画館はこっち―――」
「俺ん家行くぞ」
「え?」
「どーせ当日券買って見るつもりだったから問題ない」
そんな言葉の応酬を交わし、ついにたどり着いた自宅の扉に乱暴に鍵を差し込む。がちゃりと音を立てて開いた扉を開け、戸惑う少女を引き入れる。
少女の肩越しから見えた扉に手をかけてロックをした平助は、その場でぎゅっと千鶴を抱擁する。
「あー…ムカつく」
「え?」
疑問符ばかり頭に浮かぶ千鶴の耳元のあたりで、平助は重く深いため息をついた。
「会ったら真っ先に可愛いって褒めたかったのにあいつらに先越されるなんてありえねーっつの」
ぶつぶつと独り言にしてはやけに大きな声でぼやく平助に、千鶴は顔に熱が集まるのを自覚する。けれど。
「……ふふ」
「―――何?」
「ふふ、嬉しいの。平助くんに、凄い想われてるんだって分かったから」
花が綻ぶような笑顔をまともに正視した平助は、思わず口元を覆う。
「……反則だろ…」
「え?」
「………なんでもない」
首を傾げる千鶴に、平助は数秒の沈黙の後、実に苦々しげな顔でそれだけ零した。
その笑顔は反則だから
(そんな可愛い笑顔は反則だ……なんて言うのは、何か悔しいから言わないでおこう)
あとがき
………長い。そしてありがちすぎてつまらない…。
白い子猫の企画提出文です。
随分遅れた上、ベタな展開で本当に申し訳ありません。
本当は平助と千鶴の勉強会的なものを作ってたんですが、
なんか上手く話をつなげなくて没にしました…。
期待に添えなくて申し訳ありません。
せめて皆様のお目汚しにならないよう祈るばかりです…っ!