薄桜鬼
□天禄を授かりし君の傍に
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他者を切り捨てて生きてきた自身にとって、これほどの幸せが齎されることは決してないと思っていた。
ゆえに、こう思う。
これは自身に齎された幸福ではなく、誰よりもいとしい彼女が天から授かった幸福の証なのだと。
☆
いつもより早く起床して軽めに掃除を行った後、一は料理を作り始めた。少し眠気があるが、これくらい早く起きなければ、彼女が無理をするのは見えているからこその行動である。
「え…、一さん。そんなこと、わたしがしますから…っ」
起きてきた少女が、自分が料理をしていることに気づいて、慌てたように小走りで駆けてくるのを認め、
「動くな。身重の状態で、こんなことさせるくらいなら俺がやる」
鋭い声音で言い捨てて、一は手を離さないまま釜に向き直る。ぐつぐつと煮立つ釜の中から、良い香りが漂う。自分は料理は出来るものの、彼女ほど美味いものを作れるわけではないが、彼女にやらせるくらいなら、多少味が劣ろうとも自分が作るほうが数倍ましだ。無理をさせてまで美味い飯を食べたいとも思わない。
案の定分かってくれたのか、千鶴はすぐに引き下がった。その顔が、自分の意図を正確に察しているのか、緩んでいるのが分かって少し気恥ずかしかったからか、顔に熱が集まるのを見られないようにさりげなく彼女に背を向ける。
「……出来るまでもう少し寝ていろ」
「はい」
踵を返す少女を見送り、一は大きく息を吐いた。今の自分を見たら、かつての同胞たちはなんというのだろう―――きっと、驚くに違いないことは目に見えている。
「……それも、悪くはない」
ふわりと唇が綻び、何気なく零れたのは、今の生活に満足しているからこその言葉だったか。