薄桜鬼

□ただ幸せを望むだけ
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 ゆらゆらと、風によって揺れた木々のざわめきが耳朶を叩き、平助は緩やかに目覚めを促される。


 暫く霞んだ視界を擦っていたが、やがて襖を開いた先に見えた景色に、平助は暫し目を奪われた。


 天空を覆う藍色のベルベットに、散りばめられた数億にも及ぶ煌きに惹かれ、平助は賑やかに囀る鳥たちが夢の世界で舞い遊ぶ深夜、傍らに畳んであった羽織を掴み、静かに寝所を離れた。


 羽織を纏ってから、平助は昼間に見た見事に咲き誇る桜の見える縁側へと急ぐ。


 やがて縁側に腰を下ろして見たのは、夜空を背景に加え、見事に咲き誇った薄紅色の花が風に散らされ、舞い落ちていく光景。


 咲きながら散り落ちていくその果敢無さに、平助は思わず目の奥で散っていったかつての同胞たちの姿を重ねていた。


「―――平助くん?」


 耳朶に、柔らかな声が突き刺さる。振り返った先に、温もりの失せた床に気づいたのか、愛しい彼の人はこちらへと歩み寄ってくる。


「……どうかしたの?」


「ただ昼寝したから目が覚めちゃって。平気だよ、そのうち眠たくなったら寝所に入るし」


 ひとりで寝所に戻ることが心細かったのか、穏やかにそう言った平助の隣に座り、千鶴はその肩に自らの頭を寄せた。密着してから伝わってくる温もりが、じんわりと伝染して、体中の血流を巡るような感覚を覚えた。


 その温もりをもっと感じたいという欲求に促されるままに、肩に掛かる重みを巧みに流して、その華奢な身体を絡め取る。


 その動きに逆らわず、容易く平助に抱き締められた千鶴は、静かに平助の羽織る着物を遠慮がちに掴んだ。それに気づいた平助は、更に腕に力を込める。


「……綺麗だね」


「あぁ」


「………もう、随分経ったね」


 ―――あの、激動の日々から。


 沈黙が降り落ちた。微かに震えた身体に、安心を与えるかのように力強く抱き締める。







 どれくらい経っただろうか。

 抱きこんだ小さな身体から伝わる温もりと、自らの温もりが混ぜになって、いったいどちらの体温なのか分からなくなった頃に、平助は小さな寝息を聞き取った。


 そっと頬に掛かる髪を払い除け、月夜の花見を止めて千鶴の小さな身体を抱き上げる。


 冷たい床の上を素足で歩き、寝所へと舞い戻った平助は、眠る千鶴を布団の上におろして、自らもその横に寝そべった。


 彼女の頭の下に自らの左腕を滑り込ませて、平助は右腕でその小さな身体を抱き寄せる。


「……行かないで…」


 どこか泣きそうな声で、寝言が紡がれる。


 平助はその耳元に口を寄せた。


「……大丈夫、まだ…一緒にいるから」


 そう囁くと、どこか不安そうな表情が、微かに和らいだ気がした。


 まだ時間はある。―――彼女と幸せな日々を過ごすための時間は。


 それは、砂や雫のように、すぐにでも手のひらから零れ落ちそうな時間だけど―――…。





ただ幸せを望むだけ


(ただ、君の隣で幸せを感じる日々を)







あとがき

狂歌恋舞の提出文です。
素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。

甘々設定だったはずなのに、結局ちょっと切ない感じで終わってしまった…。
いえ、この小説を書いてる間、ニコ動であげられたクロゼロEDの『流れる空に』をエンドレスで聴いてました。
流れる空って本気で泣けそうなんですけど、メロディも歌詞も。

今回意識したのは会話ではなく、お互いの温もりを感じて幸せを噛み締めたいという欲求を書き表そうとしました。
………惨敗した感たっぷりですが、描写はきっと分かりやすくかけただろうと思ってます。てか思います。

長くなりましたがここで失礼いたします。
管理人からでしたー。

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