幼少記

□一
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全てはこの時より始まった。

これは憎しみに染まり、信じる事を恐れた一人の少女の壮絶なる物語…











その少女は物心つく頃に目の前で両親を天人に殺されました。


理由は簡単です。

その少女の両親は天人排除思想、つまり攘夷の考えを持つ側の人間でした。


裏切ったのは隣の家の夫婦。


隣の家の夫婦は、自分達が天人から待遇されたいが為にその少女の両親を天人に売ったのです。

もちろん、自分達の思想に意義を唱えている反乱分子がいると聞けば天人は黙っていません。




季節は雪のちらほらと降る冬。


〇〇〇家はとても仲の良い家族で、両親と幼い少女の三人家族です。

近所からも仲の良い家族だと評判でした。


一人娘のその幼い少女は名を×××といい、大層可愛い女の子でした。

綺麗な肌に薄茶色の大きな瞳。

その瞳と同じ少し猫っ毛のサラリとした髪を靡かせ、いつも野山を駆け回るような活発で悪戯好きの女の子でした。



その日たまたまいつもより少し早くに目が覚めた少女は、いつものように両親を驚かせてやろうと思い、目が覚めても布団から出ずに隠れておりました。

台所では、夫婦仲良く朝ご飯の仕度をする両親。

娘のその少女から見ても両親仲睦まじく、そんな両親が少女は大好きでした。


さあ、あと少しで母親が自分を起こしにくる時間です。

少女はどうやって驚かせようかと考えて布団の中でにこにこと母親が来るのを今か今かと待ち構えます。



しかし、その日はいつもと少し違っていました。



ピンポン



母親が自分を起こしに来る時間と共に少女の家に響いた裏口の質素なチャイムの音。

当然ながら母親は台所の隣にある裏口の扉を「はいはい。今開けますね」と言いながら開けに行きました。


気になった少女も布団に僅かに隙間を作り、遠目にその様子を眺めます。


どうやら尋ね人はお隣りの夫婦だったようです。

少女もお隣りの夫婦は好きでした。
優しくてよくしてくれるおじさんとおばさん。


でもどうやら今日は二人の様子がおかしいのです。

何か強張った表情で少女の母親を見つめながら、中へ入るように促した母親に従って台所へ入って来たかと思うと、今度は少女の父親に何かを話し、二人を連れて裏口から出て行ってしまいました。



『?』



さすがの少女も何かの異変に気付き、胸がザワザワと嫌な音をたてます。

心配になり、布団から自分も出ていこうとした瞬間…



ブシャァァァ!!!



『!!!?』



物凄い水音のような音と共に、少女の家の裏口の窓硝子にべったりと赤い液体が飛び散りました。

いくら幼い少女にも分かります。


それが血であると…



少女は布団を跳ね上げ、飛び起きると物凄い速さで裏口まで走り、勢いよく扉を開きました。



『お父さん!!お母さん…!!』


「×××!」



飛び出した少女は目の前の光景に絶句しました。

目の前には真っ赤に染まった父親の姿。

その隣には真っ赤に染まった父親を抱きしめる母親の姿があります。


父親はぴくりとも動きません。



『え……?真っ赤…お父…さん…?お父さん…?』


「っ…×××…っ!!お家にお入りなさい!!来てはいけません!!」



母親は父親から手を離し、必死に×××を家に入れようとしましたが、その手はガタガタと震え、力が入りません。



「フン!震えてやがるな!このゲスが」


『!』



信じたくない父親の姿に呆然と立ち尽くしていた少女は、汚いダミ声にその時初めて自分と父親と母親の前に人がいる事に気が付きました。



『天…人…』



呟いた少女の目には真っ赤に染まった太い武器を持つ天人一人と脇に控える天人三人と、その背に隠れるようにして立っているお隣りの夫婦の姿が映りました。

この場面を見れば、嫌でも分かるでしょう…この天人が自分の愛する父親を殺したのだと。



「どうか…どうかこの子の命だけはお助け下さい…!この子はまだ幼子っ、私はどうなっても構いませんから…!」



ガタガタと震えながら母親は必死に×××を抱きしめました。

少女は立ちすくみ、天人をただ見つめています。



「フン、それは聞けないお願いだなァ」



天人は愉快そうに笑い、その後ろで夫婦もニヤニヤしていました。

少女には分かりませんでした。

どうして仲の良かったお隣りの夫婦が自分の両親の事を、この天人達と一緒に笑っているのでしょう。


しかし、そこで少女の思考は中断されました。なぜならその天人が、自分に向かってその大きな武器を振り上げたからです。



『!!』


「×××…っ!!」



ガッ!!!



思わず頭を覆って疼くまった少女でしたが、来るべき衝撃の代わりに少女を包んでいたのは大好きな温もりでした。

そう、母親の。



「××、×…?」


『!お母さん…っ!!』



母親の声に恐る恐る目を開けた少女は母親が自分を庇ったのだと気付き、泣きそうな顔で母親に叫びました。



『お母さん!どうして!?お母さん…ッ』



倒れる母親の体を小さい体で必死に少女は支えました。

天人が舌打ちしたのが聞こえましたが、そんな事どうでもいいのです。


もう母親も真っ赤でした。
背中から止まる事なく血が溢れ出します。母親を抱きしめる少女の足元は父親と母親の血で染まり、血の海です。



『お母さん!お母さん…っ』



涙を流して必死に母親を呼ぶ少女の頬に母親は、そっと手を添えました。



「×××…お前だけは…お前だけはどう、か…生きておくれ…何が、あって、も…」


『嫌だ…っお母さん!死なないでっ…お母さん!』


「何い、ってるの…ちょっと先、に…遠くに行っ、ちゃうだけよ…?また…あ、えるわ…」


『ッ…お母さん!お母さん!!』


「××、×は…お母さ、んと…お父、さんの…自慢の、むすめ…よ…」



その言葉を最後に母親は目を閉じ、体から力が抜け落ちました。



『お母さん…?』



少女が呼び掛けても、もう母親は動きません。



『お母さん!!お母さん!!お母さん!!』


「さァ餓鬼。次はお前の番だ」


『!』



必死に母親を呼び続ける少女の元に、天人はゆっくりと近付いてきます。

少女は天人を睨みつけた後、母親と父親の姿を順に見つめました。


血まみれになり横たわる父親。
血溜まりに浸かる母親。












自分は一人。

もう何もない。


憎い。

こ い つ ら が 私 か ら 全 て を 奪 っ た。

憎い。

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。


天人が憎い。

人を狂わす天人が憎い。












少女はふらふらと立ち上がると、父親の遺体から刀を外し、手に取りました。

そしてスラリと鞘から刀を抜きます。


そんな彼女の様子を天人達と夫婦はせせら笑いました。



「おい、餓鬼。なんのマネだ?」


『…………い』


「あ?」


『お前らさえいなければ…』


「なんだこの餓…」


『お前らさえいなければお父さんもお母さんも死ななかった!!!お前らが…!殺してやる!!』


「!」



少女はその体からは想像のつかない程の怒鳴り声を上げると天人に向かって刀を構えました。


初めて構えた刀。

その重さは少女の腕を震わせますが、少女はそれでも天人に向かって真っ直ぐに刀を構えます。

恐怖はありませんでした。

恐怖以前に、少女の中には言葉では言い表せない感情が渦巻いていたのです。


今の少女は、ただ自分から全てを奪った天人を殺してやりたい。

ただそれだけでした。



「フン。お前なんかに何が出来る。……オイ、殺れ」



少女の両親を殺した天人が後ろに控えていた天人に指示を出したその時でした。

目の前の少女が強く地面を蹴ったかと思うと辺りにズブッ!という肉を貫く音が響きました。



「……!」


『………』



なんと少女の構えた刀がその天人の腹を貫いていたのです。

ありえない状況に夫婦も残りの天人も目を見開いて絶句しています。


少女がそこから渾身の力で刀を抜き取ると、天人の腹から血が吹き出ました。

血を浴びた少女はぐいっと顔に散った血を拭うや否や、刀を投げ捨て走り出しました。


後ろから天人達の怒鳴り声と足音が聞こえます。

少女は無我夢中で走りました。
理由は一つ。



母親に生きてと言われたからです。



少女の手は震えていました。
怒り、憎しみ、悲しみ、恐怖…

少女の中で様々な感情が入り乱れていましたが、何よりも少女の心は憎しみで溢れていました。



『っ…お父さん…!お母さん…!』



















この時初めて刀を手に取った少女。

少女の中で芽生えた憎しみは、すでに“黒豹”の瞳が開かれた合図だった――…


 
 

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