ボロキレノベル

□夏の終わりに
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「はっ、はぁ、は…」

向かいの大学構内からとは言え、学園内のクラブハウス前まで全力疾走は流石に応えた。
薄闇の中、街灯にひっそりと浮かび上がる白亜の建物。その前でスザクは、膝に手を置いて呼吸を乱していた。
ゆっくりと見上げる先、明かりが点るのは2、3の窓だけ。
その一番左端は、ルルーシュの部屋だ。

腕時計を見遣る。時刻は9時を回っていた。
勉強合宿最後の詰めに入っているといったところだろうか。
(…何しに来たんだ)
自分の行動がいまいち理解できなかった。
衝動に任せて走ってきたってどうしようもないと、解っていた筈なのに。
明日学校で会えるのだから、言いたいことはその時に言えばよいと、解っていた筈なのに。
(どうして僕は、此処にいるんだ)

じわりと汗が滲んでくる。
半袖シャツをさらに捲って、ネクタイを緩めて、暑さをやり過ごそうとするもこれといって効果は無かった。
ふう、と大きく息を吐いて、天を振り仰ぐ。明るいから星なんて殆ど見えない。視界の端に月が控えめに浮かんでいる程度。
星座を見つけるには、夏の第三角形を基準に…
小学生の頃の理科の授業で習った天体観察の方法。それがなんとなく頭を過ぎった。
(そういう宿題もあったよな…あと、朝顔の観察とか、絵日記とか)

確かそれを見たルルーシュも同じことをしていた気がする。
一緒になって、息を潜めて草むらに隠れて、トンボの絵を描いた。
彼には面白いほどに絵心が無かった覚えもある。
それを指差して笑うと、彼は顔を赤くして拗ねる。
お詫びをしようと思ってヒマワリ畑に連れて行ってやったら、自分よりも背の高いそれに目を丸くしていた。
ぬけるような空の蒼、一面に広がる黄色と緑、その中にぽつりと、彼の黒。太陽のような笑顔。
懐かしい。輝いていた夏の景色。


そんな夏をまた過ごしたいと思っていたのは、自分だけなのだろうか。
そう、あんな風に全てが鮮やかに見える夏を、彼と。



「……」
だめだ、戻ろう。来なくていいと言われたのに此処にいるのが見つかってしまったら、またややこしい話になる。
そう悟ったスザクは、肩を落として踵を返すのだった。石畳を革靴が叩き、コツンコツンと虚しく足音が響く。
すると、その音をさえぎるかのように、ピリリリと聞きなれた電子音。
音の発信源は自分のズボンのポケットだった。そこで初めて、携帯電話をポケットへ入れていたことに気が着いた。
セシルからの呼び戻しかもしれない。発信者を確認するでもなく、スザクは慌てて通話ボタンを押した。
「はい枢木です!すみません今から…っ」
戻ります。そこまで言葉を紡ぐ前に、スザクは唇を結んだ。
自分の声と重なって「もしもし」と控えめに言ったその声色が、聞き覚えのあるものだったから。

『ごめん、仕事中だよな今』


「ルルーシュ…」
『え、うん』
なんだよ、名前見てないのか?と呆れ気味の声が聞こえてきた。
本当に彼の口調は普段と何等変わらない。動揺しきってしまっているこちらとは対照的である。
どうして急に電話なんかしてきたのだろう。勉強中だろうに。
『さっき様子がおかしかったから、気になってな』
「…べつに、平気だって」
声が聞けたことは、何故だか嬉しいと思ってしまったのだけれど。
やはり腹の底から沸々と湧き上って来るのは、何かの嫌な思い。
自然と声から愛想が消えていってしまう。
「本当に何でもないから、早く勉強進めなよ。君がいないとリヴァル達が困るだろ」
当て付けるような言い方しか出来ない。
受話口の向こうから、小さな溜息が聞こえてきた。
『いや…今は平気』
「何が平気なの」
『リヴァルが弱音吐いたから、休憩にしてるんだ』
「…そう」

振り返って、クラブハウスを見遣った。
そうか、あの蛍光灯の下では皆が伸びているのか。
想像すると少し可笑しい。

「…でもこんな電話聞いたら皆が気を遣うだろ、切った方がいいんじゃないの」
『それも平気だ、皆は部屋だけど』


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